岐阜市の中心部に位置する柳ヶ瀬商店街。
2010年、かつては華やかな繁華街として栄えていたこの街に、一つの小さな和菓子屋が誕生しました。
その名は「ツバメヤ」。
今は名古屋、東京にもその味を届け、全国にファンを持つ地方発のブランドです。
この店の存在意義は、単に「美味しいお菓子を売る」ことにとどまりません。
一軒の和菓子屋が、いかにして街の景色を変え、人々の幸せを循環させる存在になっていったのか。
今回は、ツバメヤの歩みをたどりながら、地域とともに生きる企業のあり方について、岡田社長に語っていただきました。
― 株式会社ツバメヤ 代表取締役 岡田 さや加 氏 ―
2010年、かつては華やかな繁華街として栄えていたこの街に、一つの小さな和菓子屋が誕生しました。
その名は「ツバメヤ」。
今は名古屋、東京にもその味を届け、全国にファンを持つ地方発のブランドです。
この店の存在意義は、単に「美味しいお菓子を売る」ことにとどまりません。
一軒の和菓子屋が、いかにして街の景色を変え、人々の幸せを循環させる存在になっていったのか。
今回は、ツバメヤの歩みをたどりながら、地域とともに生きる企業のあり方について、岡田社長に語っていただきました。
― 株式会社ツバメヤ 代表取締役 岡田 さや加 氏 ―
第1章:ツバメヤは「柳ヶ瀬」から始まった
私が飲食の世界で独立したのは22歳の時です。車の移動販売からスタートし、23歳でこの街に店舗を構えました。当時は若さもあり、正直とても生意気だったと思います。とにかくがむしゃらに突っ走っていて、商売の浮き沈みを含め、さまざまな経験をしてきました。
転機になったのは、10年ほど経ったときのことです。当時は全国の商店街の例にもれず、柳ヶ瀬のにぎわいにもかげりが見えはじめ、商店主の方々から「柳ヶ瀬はもうだめだ」という声が聞こえるようになっていました。
そこで、当時経営していたカフェで柳ヶ瀬名物としてプリンを出したところ、話題になり様々なメディアで取り上げられるように。周りの方々から「柳ヶ瀬を元気にしてくれてありがとう」と、思いがけない感謝の言葉を日々いただくようになったんです。
それまで、私にとって飲食店は「自分が生きるための仕事」でしたが、この時初めて、「自分の仕事を通して人に喜んでもらう快感」を知ったんですね。心から、柳ヶ瀬のためになるお店をつくりたい、と思ったことが、ツバメヤをはじめる原点になりました。
第2章:柳ヶ瀬という街の魅力と課題
最初にお店を構えたのは、昭和シネマのフィルム映画を上映している「ロイヤル劇場ビル」の1階です。ビルのオーナーさんが私の考えに深く賛同してくれて、費用面など出店しやすい形を整えてくださいました。
利益が出るようになったのは3年目に入ってからですね。お客様が一人、また一人と足を運んでくださるようになり、少しずつ軌道に乗っていきました。
柳ヶ瀬はもともと、昼の景色だけでは語りきれない街です。夜になると、スナックやバーなどに灯りがともり、昼間とは違う大人の表情が浮かび上がります。昔ながらの商店街の風景が残る一方で、近年は若い人たちの集まる場所やお店が注目を集めていますが、当時はお店ができても、すぐに閉店してしまう状況が続いていました。
商店街が元気になるとは、どういうことなのか。私なりに考えて見えてきたのは、新しいお店が増え、「柳ヶ瀬でお店をやりたい」と思う人が増えること。そして、大家さんが適正な収益を得て、新しい建物にも借り手がつくような、経済が健全に回る商店街の姿でした。
当時は私もテナントを借りて商売をしていましたから、柳ヶ瀬で店を始める人の気持ちも、続けていく難しさも肌で分かる部分があり、その分、自分が柳ヶ瀬でお店をやる面白さを発信していかなければ、という思いもありました。
第3章:街とともに歩む、岡田社長のもう一つの仕事
私はツバメヤの経営と並行して、商店街の役員を務めながら、仲間たちとまちづくり会社「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」を設立しました。その活動の一つが、偶数月の第1日曜日、 毎月第3日曜日に開催している「サンデービルヂングマーケット」です。
ここには、手仕事のぬくもりが感じられる雑貨や、こだわりの食材を扱う出店者が集まります。つくり手とお客様が直接言葉を交わし、買い物だけでなく、人との出会いや会話も楽しめる場として、もう10年続いています。
(写真引用元:柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社 公式WEBサイト)
当初から単発のイベントで終わらせるのではなく、毎月続けることで、「柳ヶ瀬に行ってみよう」と思ってくださる人が少しずつ増えていきました。若い世代やファミリー層が商店街に足を運ぶきっかけになり、柳ヶ瀬の印象を変える一つの流れにつながったと感じています。
実際、ここ数年のデータでは、柳ヶ瀬周辺に約150店舗、去年1年間だけでも40店舗もの新しいお店が増えていて、若い人たちがそれぞれの感覚で店をつくり、街を楽しみ、発信してくれるようになりました。
かつては「私が柳ヶ瀬を盛り上げなければ」と気負っていた時期もありましたが、今は違いますね。私一人で何かを背負うのではなく、街に関わる一人ひとりが、自分の仕事や暮らしを通して柳ヶ瀬をつくっている。そう感じられるようになりました。
~商店街の人たちの声~
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「柳ヶ瀬は昔から好きな街で、4年前にここへ拠点を移しました。岡田社長とは「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」を通じて知り合い、ご多忙の中でも気さくに声をかけてくださるとても心強い存在です。ツバメヤさんのユニフォーム制作も担当させていただきましたが、その妥協のない姿勢には同じ作り手として深く共鳴しました。
ツバメヤさんの可愛い紙袋を持ったお客様が、当店に立ち寄ってくださることも多く、お菓子の話で会話が弾むなどありがたいですね。一つのお店として愛されるだけでなく、周りのお店にも人の流れやご縁をつないでくれる、その力は大きいと思います」 (株式会社フリークル/中村若菜さん)
★
「祖父の代から、長年この街で寿司屋を営んでいます。昔ながらの商店街は、シャッターを開けて待つだけの商売になりがちですが、岡田さんが始めた『サンデービルヂングマーケット』は本当に素晴らしい企画ですね。若い人やこれまで柳ヶ瀬になかったお店が集まるようになり、街に新しい風が入ってきました。
出店者同士も和気あいあいと本当に良い雰囲気で、これだけ人が集まるなら、我々も自分の店への相乗効果に繋げる努力をしようと、周りの商店主も刺激を受けています。岡田さんの優れた頭脳と行動力には感謝しかありません。これからも温かく応援し続けたいです」 (寿司よし/佐藤義之さん)
第4章:街の灯りでありつづけるために
現在は、私自身がビルオーナーとして、古い建物の活用にも取り組んでいます。そのうちの一つが、現在改装を進めているスナックビル。70代、80代のベテランママさんたちのお店が入っていますが、そのノスタルジックな空間に若い人がお店を出してくれたら、新旧が混ざり合って絶対に面白い場所になると思うんです。次の世代が活躍できる「土台(ベース)」や環境を整えることも、これからの自分の役割だと思っています。
ツバメヤにとって柳ヶ瀬は、単に本店がある場所ではなく、自分たちの仕事の意味を教えてくれた場所であり、これからもともに歩んでいく街です。
ただ、私はツバメヤの社員に対して「地域活動をしてほしい」と言ったことは一度もありません。目の前のお客様に向き合い、お菓子作りの仕事をきちんと全うすること、それ自体がすでに最大のまちづくりにつながっているからです。
自分たちの作るお菓子で、目の前の人を、そして街を幸せにしていきたい。街の灯りのような、ぬくもりと希望のあるお店をつくっていきたい。そんな熱意を持った皆さんと一緒に働ける日を楽しみにしています。
