長野県・湯田中温泉にある温泉旅館、あぶらや燈千。
1966年創業の老舗旅館ですが、貸切専門の日帰り温泉、クラフトビール醸造、チョコレート製造、レストラン経営など、まるでベンチャー企業のように新規事業を積極展開しています。
なぜ、旅館の枠を超えてチャレンジし続けているのか、代表取締役の湯本孝之さんに伺いました。
既存の旅館業の枠を超えたチャレンジに注力
あぶらや燈千は、開湯1300年以上の歴史を持つ湯田中温泉にある温泉旅館。1961年に「あぶらや旅館」として創業し、今年で60年を迎えます。
湯田中温泉の中でも歴史ある旅館ですが、露天風呂付客室や個室食事処の導入、旅館初のルーフトップバー開業、お客様の前で料理を仕上げる「客前料理」の提供など、常に業界に先駆け、お客様目線で新たな取り組みを行ってきました。
そして4年前の2022年、旅館に隣接する場所に「クラフトビール×食×温泉」の観光複合施設「YUDANAKA BREWERY COMPLEX U」をオープンしたことで、一気に注目を浴びるようになりました。
同施設にはクラフトビール醸造所があり、館内レストランで信州食材を使った料理とともに出来立てのビールを味わえるほか、湯田中初のチョコレート工房も併設。完全個室の日帰り貸し切り温泉もあり、新たな観光名所として人気を集めています。
なぜ老舗の温泉旅館が、このような観光複合施設の経営に取り組み、自社でクラフトビールの醸造やチョコレートの製造に踏み切ったのでしょうか?
湯本社長は「コロナ禍に突入したことが一つのきっかけになった」と振り返ります。
「2020年に緊急事態宣言が発動され、政府から不要不急の移動を控えるよう要請がありました。それを機に、旅行需要が激減し、旅館業1本では安定的とは言えないと痛感。これまでも、お客様目線でさまざまなサービスを展開してきましたが、旅館業とは別の、新たな事業へのチャレンジが必要不可欠だと思いました。
ちょうどその頃、近場を楽しむ旅行スタイル『マイクロツーリズム』が注目されるようになり、ふと『これまで地元の方に喜んでいただけるようなサービスを提供できていなかった』と気づかされたんです。そこで、地元の方や近隣の方が気軽に立ち寄れるような観光施設を作れば、新たなお客様に足を運んでいただけるし、経営のリスクヘッジにもなると考えました」(湯本社長)
隣接した土地に新しい旅館を作る計画があったものの、コロナ禍で一時ストップしていたため、その土地を有効活用することに。限られたスペースでできるもの、近隣に似たような施設がなく「ここに来たい」と思ってもらえるようなもの…とさまざまな可能性を皆で検討し、「ビールのブリュワリー(醸造所)と、ビールを楽しめるレストラン」を発案。そして、ビールを飲めない方のために、湯田中初となるチョコレート工房の設置も決めました。
「実はかなり以前から、『貸切風呂専門の日帰り温泉』の構想をひそかに温めていました。そこで、せっかくならばこれも施設内に作ってしまおう!と決意し、計画に組み入れました。当然ながら投資額は当初予定よりもかなり膨らみましたが、これにより簡単には真似のできない、当社独自の観光名所を作ることができたと自負しています」(湯本社長)
そして、約2年の準備期間を経て、「YUDANAKA BREWERY COMPLEX U」をオープン。初の旅館業以外への進出、しかもビール醸造、チョコレート製造、レストラン、売店、日帰り温泉という5つの新規事業を一気に展開することになり、「オープン後軌道に乗るまでは目が回るような忙しさ」(湯本社長)だったそうですが、普段は旅館で接客などに携わる従業員のサポートや兼務などもあり、全社を挙げて取り組むことで乗り越えることができたとのこと。そして来客数も年々順調に拡大し、今では「地域のテーマパーク」として支持され、多くのリピート客を集めています。
旅館を拠点に地域の魅力を知ってほしい
あぶらや燈千のチャレンジは、現在進行形で続いています。
このほど、コロナ禍でストップしていた新しい旅館の建設に再び着手、3~4年後にはヴィラタイプのハイクラス旅館が湯田中に誕生する予定です。
そして現在構想を練っているのが、アクティビティ事業です。
「海外の観光地では、宿泊施設を拠点に、日帰りの体験ツアーなどアクティビティが豊富に用意されているケースが多く見受けられますが、日本の宿泊施設ではほとんど用意されていません。ここ湯田中、そして長野をより深く知り、楽しんでいただくためにも、あぶらや燈千を拠点としたアクティビティ展開に力を入れたいと考えています。
当社でビールの醸造見学やオリジナルのクラフトビールづくり体験などが提供できますし、例えば近くにある地獄谷野猿公苑で温泉に浸かる『スノーモンキー』を見学するツアーなども組むことができるでしょう。その他、自然や食、歴史や伝統文化などを体験できるようなアクティビティを数多く開発し、お客様に提供したいと考えています」(湯本社長)
誰もがアイデアを実現できる「全員参加型組織」
このように、成長中のベンチャー企業のごとくアイデアを次々と形にしているあぶらや燈千ですが、決して湯本社長が独断で進めているわけではありません。
同社では「全員参加型の組織」を徹底しており、新たなチャレンジは検討段階のものを含めすべて月1回の全社研修の場で共有、全従業員から意見やアイデア、改善案などを集め、計画に反映しています。
たとえ入社して間もない新人であっても、自由に意見を言うことができる組織風土が確立されており、いいアイデアをどんどん取り入れることで、スピード感のある経営、お客様満足度の向上が実現できています。
また、かかわってみたい仕事、やってみたい役割があれば、自身の持ち場に関係なく誰もが手を挙げ、参画することも可能です。
「新卒採用の面接で、よく『若手のアイデアも聞いてもらえるのでしょうか?』などと質問されるのですが、当社はアイデアを聞くもなにも、逆に自分からどんどん積極的にアイデアを出してほしいし、いいアイデアはどんどん取り入れます。そしてぜひ、自ら実行し結果につなげてほしいとも考えています」(湯本社長)
さまざまな事業を展開する同社では、仕事も「マルチタスク」が基本。宿泊施設では多くの場合、フロントや仲居、客室清掃、調理などと役割が細かく分かれていますが、あぶらや燈千では、フロントや仲居業務、予約対応やチェックイン・チェックアウト対応、レストランやバーでのサービスなど、一人が幅広い業務を担当しています。
「さまざまな業務に携わることで、早く成長できますし、日々新しい発見が得られると思います。その中で気づいたことがあればどんなことでもいいので、どんどん意見を挙げてほしいと願っています。チャレンジ精神あふれる仲間とともに、多くのお客様に『また来たい』と思っていただけるあぶらや燈千を目指したいですね」(湯本社長)
