つややかなソース、しっとりと焼き上げられた肉……。伝統的なフランス料理のおいしさはまさに圧倒的。技術を磨いたプロにしか作ることができない、特別な輝きがあります。
そんな伝統的フランス料理の魅力を発信し、次世代にしっかりと継承しようとシェフ9名が集結。2023年8月、「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ(Club de l'Héritage Culinaire Français 通称 クラブ・エリタージュ)」が誕生しました。
ここでは、食のライターであるわたくし柴田泉が、会長の石井剛さん(モノリス)と副会長の手島純也さん(シェ イノ)にインタビュー。クラブ・エリタージュ設立の経緯を、フランス伝統料理への思い、料理を学ぶ学生へのメッセージとともにお伝えします。
会長 石井剛さん
モノリス(東京・青山)オーナーシェフ
1973年生まれ、東京都出身。エコール 辻 東京を経てフランス校へ。1994年に卒業後、東京・青山「アテスエ」で経験を重ねる。1998年に渡仏し、三つ星「ジョルジュ・ブラン」を含むレストランで合計4年間修業。帰国後は「モナリザ丸の内店」に入店。料理長として活躍しつつ、コンクールにも挑戦。2010年「モノリス」を独立開業。
副会長 手島純也さん
シェ・イノ(東京・京橋)料理長
1975年生まれ、山梨県甲府市出身。甲府のフランス料理店で修業。2002年に渡仏し、パリの「ステラマリス」で吉野建氏に師事する他、レストランからカフェまで幅広い現場を経験。帰国後はパークホテル芝「タテル ヨシノ」料理長を経て、和歌山「オテル・ド・ヨシノ」料理長を16年務める。2022年10月「シェ・イノ」料理長に就任。
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クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ 理事役員
会長 石井剛さん【モノリス】 写真中央
東京随一の注目と実力、「ネオ・クラシック」を掲げる
副会長 手島純也さん【シェ・イノ】 中段右
和歌山から東京に舞台を移し、伝統料理の道をさらに邁進
副会長 関谷健一朗さん【ジョエル・ロブション】 中段左
三つ星シェフにして、2022年にはM.O.F.※も獲得
伊藤翔さん【ドミニク・ブシェ トーキョー】 上段左
パリの名シェフが信頼を寄せる、伝統料理の名手
中秋陽一さん【ア ターブル】 上段中
2021 年パテクルート世界選手権 3 位!
福田耕平さん【メッツゲライ ササキ】 上段右
2021 年パテクルート世界選手権優勝!
森永宣行さん【ドロワ】 下段左
関西のフランス料理界に、まっすぐな新風を入れる
ルノー・オージエさん【トゥールダルジャン 東京】 下段中
名店のシェフに着任して10年目。2019年にM.O.F獲得
栗田雄平さん【銀座レカン】 下段右
静かな情熱で伝統料理に挑む、グランメゾンの8代目シェフ
※M.O.F. 「フランス国家最優秀職人章」。フランスの文化の継承者にふさわしい、きわめて高度な技術と知識を持つ職人に対し、フランスが国として与える称号。4年に一度開催される厳しい試験の通過が求められる
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設立の理由は「危機感」!?
――クラブ・エリタージュを設立した背景を教えてください。
石井 まず前提として、僕たちは伝統的なフランス料理に強い愛情と誇りを持っています。お客さまにも喜んでいただける豊かな世界だと、胸を張って言えます。
と同時に実は、大きな危機感も抱いているのです。その危機感が、クラブ・エリタージュ設立の最大の背景となりました。
会の名前に冠している「エリタージュ」は「継承」という意味。僕たちは先輩シェフたちから伝統的なフランス料理を教わり、継承しました。当然、僕たちは後輩世代にこれを継承する義務があると思っています。でも、今のままではそれが非常に難しそうなのです。
理由はいろいろあります。まず、伝統的なフランス料理を作っているシェフの数が少ない。僕らの修業中である20年前に比べると格段に減りました。それに伴い、お客さまが伝統的フランス料理に触れる機会も、若い料理人が学べる場も少なくなってしまった。これはなんとかしなくてはいけない。
そうした問題意識を数年来持ち続けていたところ、一昨年、手島さんから「同じ思いを持つ同世代のシェフで集まり、次世代に繋ぐ活動をしよう」と提案があったのです。なお「同世代」というのは、今の40代中心という年代です。
手島 当時、僕は和歌山「オテル・ド・ヨシノ」のシェフとして伝統的なフランス料理をガンガン発信していました。その甲斐あって、ありがたいことに東京や大阪などの遠方からのお客さまや、「働きたい」という若い料理人が多く来てくれるようになったのです。自然と、「伝統的フランス料理の次世代への継承を、自分のライフワークにしよう」と考えるに至りました。
でも、個人で取り組むのに限界を感じていたのも事実。そこで「きっと同じ考えのはず」と、石井さんに相談したことが今につながっています。
石井 個が集まることで、エネルギーが生まれます。それにより、インパクトのある活動ができる。危機を覆すにはこのエネルギーが絶対に必要だというのが、僕たちの一致する意見でした。普段はみんな、一匹狼なんですけどね(笑)。
手島 一匹狼たちが会の設立に共感してくれたのだから、やはり相当な危機を皆、抱いていたのだと思います。
その一方で、伝統的な料理を学びたいと考える若い料理人は意外と少なくない。石井さんの元にも僕の元にも、働きたい、研修したいと言ってくる若者はひっきりなしにいます。この人手不足の折に、です。
石井 彼ら彼女らを大切にしたいし、サポートする環境を作るのが僕たちの役割。それもまた、クラブ・エリタージュ設立の背景です。
理事となるメンバー集めは僕が担当し、「自分の店でレベルの高い伝統的フランス料理を提供している」、かつ「料理が進化している」と感じた同世代シェフたちに声をかけました。特に“進化”は、次世代への継承で欠かせないことだと思っています。
――クラブ・エリタージュではどのような活動を行なっていく予定ですか?
石井 定番ですが、定期的な講習会と賞味会は予定しています。まずは10月23日にお披露目と賞味会を行う予定です(賞味会はすでに満席)。年明けからは、会員を募集する予定です。20〜30代の若い料理人の「プロフェッショナル会員」と、一般の方々の「一般会員」を設けようと考えています。
手島 たとえば、講習会の助手や賞味会の厨房スタッフを、プロフェッショナル会員から募る、ということを考えています。今回立ち上げに集まった9人のシェフたちは、伝統的フランス料理の世界での実力者。そうしたシェフたちと直接働いたり、助手を務めることで得られる学びは非常に大きいはずです。
石井 お客さまに向けた活動にも力を入れます。講習会では、料理人のデモンストレーションと試食という定番の内容のほか、フランス料理の歴史や、料理の徹底解説などもテーマにしたいですね。ゲリドンサービス(ワゴンサービス)などの伝統的な演出についても、プロのサービスの方を招いた講習を行おうと話しているところです。
「シェフと参加する賞味会」というアイデアもあります。たとえば僕の店「モノリス」で、手島シェフが参加する賞味会を開く。プロのシェフと食卓を囲み、会話をする中で、シェフの視点からの見どころを細かくお伝えする、という企画です。
手島 あと先ほども触れましたが、若手料理人に向けた研修のシステムを整えたいとも思っています。伝統的なフランス料理を学びたい若者が、まずはメンバーの店で研修できる仕組み作りたい。そんなことも考えています。
イノベーティブ全盛の時代だけれども……
――クラブ・エリタージュ設立の背景は「危機感」であり、その理由は「伝統的なフランス料理を作るシェフが減ったこと」とおっしゃいました。なぜ減ってしまったと考えますか? フランス伝統料理自体は、とても魅力的です。
手島 「魅力的」と言っていただくのは嬉しいのですが、現実は縮小傾向にある。そこから目を逸らしてはいけません。
フランス料理は、大きく「イノベーティブ」と「伝統的」のカテゴリーに分けられます。この20年ほど「イノベーティブ」のジャンルが注目され、盛り上がってきました。これは世界でも、日本でも同じです。
マスコミも、「ミシュラン」や「世界のベストレストラン50」といった世界的なガイドブックやランキングも、イノベーティブを評価しています。その背景には、お客さまの間でイノベーティブが人気を集めている、という状況があると思います。
もちろんイノベーティブのレストラン自体の魅力を否定はしません。しかしマスコミとガイドブックのイノベーティブへの高評価がお客さまの支持を呼び、お客さまの支持を背景にマスコミとガイドブックがさらにそれを取り上げる……という循環で、どんどん勢力を強めたという経緯もあると思います。
もちろんイノベーティブのレストラン自体の魅力を否定はしません。しかしマスコミとガイドブックのイノベーティブへの高評価がお客さまの支持を呼び、お客さまの支持を背景にマスコミとガイドブックがさらにそれを取り上げる……という循環で、どんどん勢力を強めたという経緯もあると思います。
となると、「世界で評価される」「勝負できる」舞台としてイノベーティブをめざす若いフレンチの料理人は増えるでしょう。
でも、伝統的なフランス料理にも価値があると僕は信じています。その価値あるものが廃れるのを見るのは忍びないし、なんとかしたい。それでクラブ・エリタージュを設立したのです。
AIに淘汰されない料理人になるには
――同じ志のシェフが集まり、束になることでインパクトのある動き、新しい流れを作るということですね。
石井 そうです。しかし、難しい挑戦だとも思っています。イノベーティブと比べて我々が劣勢という意味に加え、伝統的フランス料理はどうしても手間がかかるからです。効率重視の今の時代、旗色は悪いというほかありません。
しっかりとした伝統的なフランス料理を作るとしたら、もちろんフォン(だし)をとるところからはじめなくてはいけません。うちの店も5〜6種類のフォンをとっていますが、朝から材料を煮て、漉して、煮詰めて……となると一日かかります。ものによっては、数日かかることも。しかも機械的に作業すればよいわけではなく、状態を見極め、適切に調整することが欠かせません。
技術と感性を掛け合わせる職人の世界。身に付けるには、修業に没頭する期間が必要です。
――修業において技術を習得するには、どうしても時間をかける必要があります。労働時間の短縮との両立が難しい。この業界のジレンマです。
手島 時短が叫ばれる今の時代、職人を育てるシェフとしてどのようにふるまうのが最適解なのか、僕自身わからないでいるのが正直なところです。
ただ確実に言えるのは、伝統というのは基礎であり、基礎がぐらついた料理は高みに到達できないということ。
そしてもう一つ言えるのが、若いうちの修業でしっかりと時間をかけて基礎と固めないと、これからの時代、料理人として非常に困るだろうということ。
というのも、一般的な料理人の仕事は、あと20年もしたらAIにとって代わられるはずだから。すでに料理の再現性という意味では機械の方が一年生の料理人よりはるかに上ですし、この先AIはどんどん複雑な料理を作るようになるでしょう。
だから料理人として、「機械とは違う価値を生み出せる」とお客さまを納得させる力がないとダメ。その前提が、応用の効く技術の習得だと思っています。フランス伝統料理の技術は、その典型例でしょう。若い日の厳しい修業は、自分への投資です。
「基礎がないと応用できない」という真理
――伝統的フランス料理を学ぶ難しさと価値を、よく理解できました。この世界をめざす学生に、メッセージをいただけますか。
石井 今までの話の流れになりますが、伝統的フランス料理はフランス料理の基本であり、ベースです。知っていれば、イノベーティブを含め、さまざまな料理に応用できます。
それに、伝統技術と知識を身につけているといないとでは、作ることができる料理の味、品格、説得力に大きな違いが生まれます。習得できれば料理人としての最大の強みになるのです。
また、これからの時代は「どんな意図でこの料理を作ったか」をきちんと説明できることが、一流の料理人になるにあたって非常に大事です。
なぜ、肉をこの焼き方にしたのか。なぜ、このソースを選んだのか……。こうしたことは、伝統的な技術や味覚の体系を勉強しておかないと、なかなか説明がつかないものです。
将来、自分自身の料理で勝負し、評価を得るシェフになりたいのか? それとも誰かの歯車になるのか。はたまた、AIに負けるのか。自分の料理で評価されたいという願望があるのなら、やはり基礎を大事にして、きちんと自分の料理を説明できる料理人になっていただきたいと思います。
――ありがとうございます。手島さんはいかがでしょう。
手島 ほとんど石井さんにおっしゃっていただきました(笑)。
僕はいつも言っているのですが、夢を持って、諦めずに、折れずに頑張っていただきたい。
学校を出て実際に働きはじめると、挫折しそうになることだらけでしょう。でも、努力したぶん必ず返ってくるのが料理の世界。とくに、ある程度修業を重ねたら、途中から年功序列ではなくなります。実力主義です。そういうのが好きであれば、とても楽しい世界です。
――では最後に、フランス伝統料理への熱い思いをお聞かせください!
石井 いろいろ言ってきましたが、僕は理屈抜きに伝統的なフランス料理が好きなんです。
修業中はもちろん、今でも「もっとフランス料理をうまく作れるようになりたい」と思っています。それくらい、終わりがない。いくら追求してもまだ先がある奥深い世界であり、そこが最大の魅力です。
手島 僕も、ただただフランス料理が好きなんです(笑)。
僕は山梨の出身ですが、何もわからない若い田舎者が感動した料理が、伝統的フランス料理だった。それが根底です。
なぜ僕がそれを食べて感動できたかというと、本物のフランス料理を現地で命懸けで学び、日本に持ち帰り、作り続けた先輩シェフたちが連綿といて下さったから。これを僕の世代で廃れさせては絶対にいけない。勝手な使命感かもしれませんが。
石井 その使命感を持つシェフたちが集まったのがクラブ・エリタージュです。全力で伝統的なフランス料理の価値を発信し、継承に取り組んでいきたいと思います。
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〜取材を終えて〜
学校で学ぶフランス料理の技術は、伝統的フランス料理に基づいたもの。でも、それはほんの入り口。就職したレストランで根気強く修業を続け、フランス料理の伝統技術を本格的に身につければ、料理人としてこれ以上にない武器になります。
そして、基本はやはり非常に大事! フランス料理の道に進んだのなら、まずは伝統料理を学ぶのが順当です。そのまま伝統料理を極めるもよし、イノベーティブに移るもよし、カジュアルな料理を手掛けるのもよし。どう進んでも役に立ちます。
そんな中でも特に、伝統料理を極めれば、「フランス料理の歴史の一部になる」という喜びが得られます。かつ、本当に伝統料理を極めたなら、「あなたにしかできない個性的な表現」も可能です。なにしろ、今回取材した石井さん、手島さんをはじめとする、クラブ・エリタージュのシェフたちの料理は皆、それぞれに実に個性的なのですから。
そんな伝統的フランス料理の道を歩む若者をフォローしてくれるのが、クラブ・エリタージュ。ぜひレストランで働くようになってからも注目を! 技術の習得はもちろん、憧れのシェフとの交流、切磋する同世代の仲間に出会える貴重な機会になるでしょう。
クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ
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