岐阜・柳ヶ瀬の一角にある、和菓子店「ツバメヤ」。
箱を開けると、きな粉の中から現れる大きなわらび餅。
口に運べば、形がほどけるような柔らかさと、みずみずしい食感が広がります。
ツバメヤのお菓子は、決して華美ではありません。材料もつくり方も、とてもシンプルです。それでも一度食べると、なぜか記憶に残る。
そんなツバメヤのお菓子は、どうやって生まれたのでしょうか。
今回は、お店の味を創り出してきた和菓子職人、まっちんこと、町野仁英(まちの きみひで)さんのお話からその物語をひもときます。
第一章:「まっちん」とは誰か
ツバメヤのお菓子づくりを支えてきた町野さんは、親しみを込めて「まっちん」と呼ばれています。
三重県伊賀市で生まれ育った町野さんが、食に強く関心を持つようになったのは、20代前半で出会った自然食がきっかけ。食べることと健康、農業、素材のつながりに惹かれ、「体を思ったお菓子をつくりたい」と考えるようになったそうです。
その後、独学でお菓子づくりを習得し、2004年に実家の一角に「和菓子工房まっちん」を開店。白砂糖を使わずに炊いたあんこや、素材の味を活かしたわらび餅が注目され、全国からお客さまが訪れる店になりました。
しかし、製造から販売、発送までを一人で担う働き方には限界もあり、約5年で店を閉じることを決意します。「つぎは、誰かと一緒にお菓子をつくれたら」そう考えていた時期に再会したのが、ツバメヤを立ち上げようとしていた岡田社長でした。
第二章:岡田社長が惚れ込んだ、町野さんのお菓子づくり
岡田社長が町野さんのお菓子に出会ったのは、ツバメヤの構想が生まれる数年前。有機農業を学ぶ研修に参加した際、「和菓子工房まっちん」のわらび餅を食べ、そのおいしさが強く記憶に残っていたといいます。
ツバメヤの開店準備を進める中、岡田社長も商品づくりに取り組みましたが、和菓子づくりの経験がない自分だけではどうにもならない。そんな時、思い浮かんだのが町野さんでした。
「共通の知人から、まっちんがちょうど店を閉め、今後のことを考えていると聞き、すぐに三重へ行きました。一緒にお店をやりませんかとお願いしたところ、いいお返事をいただいて。1カ月と経たないうちに、岐阜に引っ越してきてくれたんです」(岡田社長)
町野さんにとって、岐阜はそれまで縁もゆかりもない土地でした。しかし、岡田社長と話す中で、「お互いに目指している方向が同じ。それなら、一緒にできる」と感じたといいます。わずか2カ月後に迫った8月のオープンに向け、急ピッチでお菓子づくりが始まりました。
「まっちんが来てくれなかったら、ツバメヤは形にならなかった。奇跡でした」岡田社長は、当時をそう振り返ります。
第三章:素材の個性を、ツバメヤの味に変える
ツバメヤのお菓子づくりで大切にしているのは、できるだけ自然な素材を選び、その持ち味を生かすことです。
「お菓子には、白砂糖ではなく種子島産の粗糖を使っています。自然食を学ぶ中で白砂糖に違和感を持ち、6、7種類の砂糖を試した結果、粗糖にたどり着きました。また、どらやきには、主にパンに使われる石臼挽き小麦全粒粉を100%使用しています。和菓子ではあまり使われない素材を取り入れた、これまでにないお菓子づくりはツバメヤの特徴。全粒粉だけでつくるどらやきは、日本でもここだけなのではないでしょうか」(町野さん)
粗糖のコクや雑味、全粒粉の穀物らしい香り。岡田社長は、お菓子には向かないのでは、と思うような素材を、おいしさとして成立させられるところに町野さんの技術の高さがあると話します。
一方で町野さんは、商品づくりはおいしさを追求するだけでは成り立たないとも考えています。
「どれほど良いものでも、売れなければつくり続けられません。つくり続けるからこそ試行錯誤ができ、技術も磨かれていく。だから、味や素材だけでなく、無理なくつくり続けられるか、どうお客様に届けるか、ファンになっていただけるかまで考えることが大切だと思っています」(町野さん)
第四章:わらび餅は、ツバメヤと一緒に成長してきた
こうして生まれた数々のお菓子の中でも、創業時からツバメヤの看板商品となっているのが、わらび餅です。一粒は約38グラム。丸ごとほおばると口から溢れそうなボリュームですが、この大きさにも理由があります。
「小さくすると、表面ばかりを食べることになって、中のみずみずしさを感じられないんです」(町野さん)
わらび餅の原型は、町野さんが三重で自分の店を営んでいた頃につくられました。「溶けて崩れそうだけれど、崩れない」食感を目指し、年単位で改良を重ねてきたそうです。現在も手を加えながら、気温や材料の状態に合わせて食感を整えています。水分が多く、形が崩れやすいため、切り分けはすべて人の手。経験を積んだスタッフが、生地に触れすぎないよう、少ない手数で一粒ずつ仕上げています。
さらに、わらび餅は、ツバメヤが新しい街へ店を広げるたびに進化している商品でもあります。日本橋店では、素材から箱、届け方までを一から見つめ直し、これまで培ってきたものを結集したわらび餅を完成させました。
(左から:柳ヶ瀬「ツバメわらび」/ 名古屋「黄金わらび」/ 日本橋「わらび餅」)
店を構える場所や、そこで出会うお客さまを思いながら、それぞれの店ならではのおいしさをつくる。わらび餅は、ツバメヤの成長を映すように、今も少しずつ進化を続けています。
第五章:一人の技から、みんなでつくる味へ
町野さんのすごさは、おいしいお菓子を生み出すだけでなく、その技術を自分一人のものにしなかったことです。複雑な工程は省き、今ある設備で、おいしくつくれるレシピを組み立ててきました。
「自分にしかつくれないものでは、自分がいなくなったら先につながりません。みんなでつくり、次へ受け継いでいけるお菓子にしたいと思ってきました」(町野さん)
町野さんがこれからも目指すのは、華やかさを競うお菓子ではありません。シンプルで飽きがなく、肩ひじを張らずに楽しめる、誰からも愛されるおやつです。
「これまで積み重ねてきたことを大切にしながら、みんなと一緒に、誰かの輝きになれるようなお菓子をつくっていきたいですね」(町野さん)
一人の職人から始まった味は、今、仲間たちの手に受け継がれています。ツバメヤのお菓子はこれからも、人から人へと思いをつなぎながら、誰かの日常に小さな喜びを届けていきます。
