入社後に「お客様をおもてなししてください」と言われたら、あなたならどうしますか? 改めてそう聞かれると、具体的に何をすればいいのか、答えに詰まってしまう方も多いのではないでしょうか。言葉は知っていても、いざとなると動けない。
今回お話を伺ったのは、創業から65年にわたってお客様の人生の節目に寄り添ってきた中国料理店・東天紅で、採用教育を担当する市川貴之さんです。受け継がれてきた考え方をたどりながら、「おもてなし」の正体と、どんな仕事でも通用する、「心に残る人」の考え方を学んでいきましょう。
株式会社東天紅 1961年、東京・上野の不忍池畔に開業した中国料理専門店。「豊かな食事文化の創造と提供」を使命に掲げ、広東・福建料理をベースにした、素材の味を活かす中国料理を提供しています。婚礼や七五三、長寿のお祝いから法要まで、お客様の人生の節目となる席を数多く手がけてきました。
今回お話を伺ったのは、
・市川 貴之(いちかわ たかゆき)さん/採用・教育担当
・市川 貴之(いちかわ たかゆき)さん/採用・教育担当
■一流のおもてなし①:おもてなしは、お客様をお迎えする前から始まっている
実は、おもてなしは、お客様がいらっしゃってから始まるものではありません。ご予約をいただいた時点で、もう始まっているんです。
同じ料理をお出しする会でも、目的が違えば私たちの動き方はまったく変わります。当日その場で対応出来ることはどうしても限られてしまいます。だからご予約の段階で、どんな会にしたいのか、幹事様がどんな思いで当日を迎えるのかを伺います。
いらっしゃるのは、誰かに感謝を伝えたい、祖父母の長寿をお祝いしたいなど、そんな思いを持った方々です。ホールスタッフとしてどう動くかではなく、お客様の立場に立って、この方のために何ができるだろうと考える。最後に「あなたが担当でよかった」と思っていただけたら、それが私たちの考えるおもてなしです。
なぜ、そこまでするのか。東天紅は、料理から始まった会社ではないんです。
65年前、特別な日を過ごせる場所は多くありませんでした。けれど冠婚葬祭のような節目は、どんな方の人生にも訪れます。そういう場所を増やそうと生まれたのが東天紅です。
先にあったのは、料理ではなく、おもてなしでした。
■一流のおもてなし②:マニュアルの先にある「オーダーメイドのおもてなし」
マニュアルは大切です。その通りに動けば、上品なおもてなしはできます。ただ、一流と呼んでいただけるかどうかは、その先で決まるんです。なぜなら、正解はお客様の数だけあるからです。
・七五三やお誕生日のお祝い……エンターテイナーとしてお迎えします
・接待の席……黒子のように前には出ず、滞りなく会が終わるよう徹します
・故人を偲ぶ席……「いらっしゃいませ」の表情も、声のトーンも変えます
など、お客様の目的やご要望に合わせたおもてなしを、私たちは「オーダーメイドのおもてなし」と呼んでいます。
忘れられない会があります。お客様が、お別れ会のご相談に来られた時のことです。ご希望は「しめやかな会にはしたくない」。明るいことがお好きな方だったので、和やかないい会にしたい、とのこと。
笑顔がたくさん写ったお写真を飾ってはどうか。BGMも、しめっぽい曲ではなくその方がカラオケで得意にされていた曲のオルゴールにしてはどうか。ホールスタッフも一緒に考えました。会のあと、進行役の方から「東天紅さんに任せて、笑顔のあふれるいい会になりました」と。
決まった型を当てはめず、その会だけの形をつくったからいただけた言葉です。大切なのは、決められた通りに動くことではなく、この方は何を望んでいるのかを考えること。マニュアルは、そのための土台でしかないのです。
■一流のおもてなし③:感動は、期待を超えた時にこそ生まれる
手を挙げて「これをください」と言われたものをきちんとお出しする。それでご満足はいただけるかもしれませんが、感動にはなりにくいんです。
感動が生まれるのは、期待を超えた時。手を挙げられる前に「これをご所望ですよね」とお出しできた時に、ちゃんと見ていてくれたんだ、と感じていただけます。お薬がテーブルに出た瞬間に、氷水ではなく常温のお水を用意する。言われる前に動けているかどうか、なんです。
たとえば、コース料理の途中で、お子様が飽きて走り回ってしまうことがあります。そんな時に考えるのは、マニュアルはどうなっているかではありません。同じ部屋にいる一人として、何ができるか、です。
私なら、テーブルナプキンを動物の形に折ってお子様にお渡しして、折り方を教えてあげる。お子様が楽しんでくれれば、親御さんも安心して会を楽しめます。全員にそうしなさい、というマニュアルはありません。それでも「東天紅さん、そこまでしてくれるんだ」と感じていただけるんです。
大切なのは、特別なことをすることではありません。目の前の方をよく見て、小さなことに気づけるかどうか。その積み重ねが、感動になっていきます。
■一流のおもてなし④:一つの会は、全員でつくるから心に残る
おもてなしは、一人では完成しません。
会話の時間をたっぷり取りたい会。とにかく早く召し上がりたい会。遠方からいらして、終わりの時間が決まっている会。伺った情報をホールにも厨房にも共有できて、はじめてその日に合った動きができます。伝わっていなければ、厨房が理想のペースで仕上げても、お客様の理想とは離れてしまいます。
当社には「共創・共生・共感」という言葉があります。お客様と一緒にいい会を創り、その時間をご一緒し、ご出席の方々と一緒に感動する。人生の節目の席に同じ部屋で立ち会えるのは、当たり前のことではありません。
スタッフが「この場所にいられてよかった」と思える会は、お客様の心にも残ります。一つの会は、そうやって全員でつくるものなんです。
■学生の皆さんへ -おもてなしの力は、後から育てられる-
ここまでお話ししてきましたが、自分にできるだろうかと感じた方もいるかもしれません。大丈夫です。おもてなしの力は、後から育つものです。
この仕事をしていると、毎日いろいろな空気を感じ取ります。私自身、繁忙期に店に出ると、会場に入った瞬間に「今日はお飲み物のペースが早くなりそうだ」と分かることがあります。感性は、自然と養われていくものです。
一流かどうかを分けるのは、技術や知識ではありません。人間性です。当社には「八徳」という言葉があり、感謝・礼節・信頼・努力・謙虚・誠意・愛情・許容心の8つを基本理念として教えています。普段から周りの仲間や家族に「ありがとう」と伝えられない人が、お客様に心からの感謝を届けることはできません。
学生の皆さんには、自分がお客様として感動する経験を、ぜひ今のうちから増やして欲しいと思います。飲食に限らず、旅先で嬉しかったことでも構いません。その一つひとつが、あなたの引き出しになります。
当社は、お客様の人生の節目に寄り添う会社。そして就職活動も、皆さんにとって大きな節目です。一社に決めるのは大変なことですので、悩みも不安も、ぜひぶつけてください。この大切な時期に東天紅と関われてよかった。そう思ってもらえる出会いにしたいと願っています。
