中国料理と聞いて思い浮かぶのは、炎の上がる中華鍋を豪快に振る姿ではないでしょうか?
あのかっこよさに憧れて、この道を選んだ人もいるはずです。
ところが実際の厨房では、その裏側に何日もかけた地道な仕込みが隠れており、知れば知るほど奥深い中国料理の世界があります。
今回は、創業65年の中国料理店・東天紅で、上野本店ダイニング「LUCIS GARDEN(ルーキスガーデン)上野」の厨房長を務める半田誠さんに、学校では習いきれない中国料理の奥深さを教えていただきました。読み終える頃には、いつもの一皿の見え方が少し変わっているかもしれません。
半田 誠(はんだ まこと)さん/東天紅 上野本店ダイニング「LUCIS GARDEN上野」 厨房長 北海道調理師専門学校在学中、インターンで東天紅の札幌店へ。料理長や先輩の人柄に惹かれてそのまま入社を決める。旭川店でキャリアをスタートし、仙台店などを経て現在は上野本店ダイニング「LUCIS GARDEN上野」の厨房長。入社から30年以上、東天紅一筋。
■豪快に見えて、実は繊細な中国料理
私が中国料理に憧れたのも、まさにあの豪快さでした。テレビで重そうな鍋を振る姿がとにかくかっこよくて、そこから自分で料理を始めたんです。
ところが、実際にこの世界に入ってみると、ものすごく繊細な部分がいっぱいありました。
たとえば、蒸し鶏。前日に洗って、お酒にネギと生姜を加えて漬け込みます。翌日ようやく蒸して柔らかく仕上げ、もう一度スープに漬けて一日置きます。2日かけて、やっとあのしっとりした柔らかさになるんです。
乾物になると、さらに時間がかかります。一度干すことで旨みがギュッと締まり、栄養価も高まります。フカヒレ、ナマコ、干し貝柱、干しアワビ。なかでも干しアワビを戻すには、毎日水を替えながら1週間から10日かかります。
包丁の技術も、スープを取る作業も同じです。そうした緻密な作業をみんなで結集して、最後のフィニッシュとして鍋を振る。そうしてようやく、お客様に一皿が届きます。
緻密さと豪快さがぴたりと合わさっているところが、中国料理の面白さだと思っています。
■土地の気候風土を活かした中国料理
その違いを生んだのは、それぞれの土地の気候です。中国は南北に長く、寒い北と温暖な南とでは、採れるものも、体が求める味も変わってくるからです。
・北京……冬が寒い土地。体を温めるために小麦や肉を多く使い、塩味も油も濃いめです。北京ダックが代表格です。
・上海……海に面した土地。上海ガニなど、魚介を使ったあっさりめの味付けが特徴です。
・広東……南部の温暖な土地。海産物が豊富で、強い味付けをしなくても素材を活かせます。フカヒレや飲茶はここから生まれました。
・四川……盆地で、夏は暑く湿気がこもる土地。辛いものを食べて汗をかくと体がすっきりすることから、唐辛子を多く使う食文化が根づいたと言われています。
当社が基本にしているのは、このうちの広東と、すぐ隣の福建です。薄口で、辛い・しょっぱい・甘いがそこまで強くなく、油も多くない。日本人の口によく合い、お子様からご年配の方まで好まれやすい料理です。
もちろん、他の地域の料理を取り入れることもあります。四川の麻婆豆腐も、上海の東坡肉も、優しくアレンジしてお出ししています。どこの料理だからできない、ということはありません。
味付けには、必ず理由があります。どこの料理なのかを知っておくと、味の組み立ても覚えやすくなります。
■料理の名前に、物語がある中国料理
中国の古典料理には、それぞれに「言われ」があります。調べてみると、これが本当に面白いんです。
・麻婆豆腐……マーというおばあさんが作った、豆腐と牛肉の煮込みが始まりと言われています。「麻」はしびれる、つまり山椒のこと。マーおばあさんの、山椒をきかせた煮込み、というわけです(諸説あります)。
・担々麺……「担々」は天秤棒のこと。棒の両端に麺とタレを提げ、担いで売り歩いていたことが名前の由来です。本来は汁なしで、スープが加わったのは日本でのアレンジだそうです。
・佛跳牆(フウティアオシャン)……修行中のお坊さんが、塀の向こうから漂ういい匂いに我慢できず、塀を乗り越えて食べてしまった。壺の中には、本来お坊さんが口にできないフカヒレやアワビが詰まっています。
なぜこんなことを勉強するのか。根底に歴史がないと、自分が何を作っているのかを、自信を持ってお客様にお伝えできないからです。
中国語の辞典を読むのもおすすめです。中和辞典にも料理の名前やちょっとしたエピソードが載っていて、そこから世界が広がっていきます。
料理の名前は、ただの記号ではありません。由来を一つ知っているだけで、お客様との会話が生まれます。
■和も洋も、材料にしてしまう中国料理
専門学校では、専攻以外の料理を学ぶこともあると思います。私はそこでの発見を、よく中国料理に持ち帰りました。
お刺身をカットしながら、これは中国料理だったらどう扱うだろう。バターは中国料理でどう使えるだろう、と。本来なら中国料理で使わないものを取り入れた発想ができるのは、学校に行ったからこそだと思っています。
進路を考えるとき、「東坡肉が好きだから上海料理」「フカヒレを極めたいから広東料理」というように、地域で選ぶ方もいます。好きな料理から入るのは、とても自然なことです。
ただ、日本で働く限り、地域によって技術がまったく違うということはありません。揚げる、蒸す、炒める。どの店も総合的にやっているところが多く、「うちは揚げ物はやらない」ということは、まずないんです。
ですから、若いうちから絞り込まなくて大丈夫です。全部を総合的に覚えていったほうが、必ず自分のためになります。
中国料理の面白さは、この懐の深さにあります。今学んでいることに、無駄なものは一つもありません。和食の授業も、洋食の授業も、いつか自分の中国料理になります。
■学生の皆さんへのメッセージ
ここまでお話ししてきたことは、どれも私が興味を持って追いかけてきたことです。看板であるフカヒレも、産地の気仙沼まで足を運びました。丘の上に案内していただくと、一面が畑のように見えるんです。よく見ると全部が網で、そこにフカヒレがずらっと干されている。「あれは何ですか」と聞いたら、「フカヒレ畑です」と。昔は捨てられていた胴体も、美味しいと分かった今はお肉として使われていました。ヒレだけじゃないんだな、と驚きましたね。興味がないと、料理人は務まらないと思っています。
学生の皆さんに、今のうちからやっておいてほしいことが3つあります。
・食べ歩きをすること:街中華で十分です。どうやって作っているのかを見てください。
・厨房を見せてもらうこと:「◯◯専門学校の◯◯です、少し見学させていただけませんか?」と声をかければ、意外と快く見せてもらえるものです。私自身、そうやって何軒も回りました。
・本を読むこと:知識と技術、その両方をバランス良く成長させていくほうが、後々きっと楽になります。
学生時代は、社会人よりも時間があります。吸収できるものを吸収しておいて、お店に入ってから本格的に料理を学ぶ。その下地がある人は、やはり強いです。
いろんなことを知ったうえで、ぜひ私たちの厨房にも来てください。お待ちしています。
