チョコレート専門の職人「ショコラティエ」
数多くある洋菓子の中でも、チョコレートだけを相手にするこの仕事は、実はまだあまり広くは知られていません。けれど、ひとつの素材を突き詰めるその世界には、パティシエとはまた異なる技術と哲学が息づいています。
今回は、数々の世界コンテストで受賞経歴をもつ、「Chocolaterie HISASHI」の小野林 範(おのばやし ひさし)シェフにお話をうかがい、知られざるショコラティエの仕事をひもときます。
株式会社Chocolaterie HISASHI
代表取締役社長 小野林範(おのばやしひさし)さん
大学卒業後、株式会社クラブハリエを経て、2018年京都東山に「Chocolaterie HISASHI」をオープン。
世界大会のコンクールでの受賞多数。日本洋菓子協会連合会指導員。
世界大会のコンクールでの受賞多数。日本洋菓子協会連合会指導員。
【おもな受賞歴】
・2012年「WPTC2012」チームJAPAN チョコレートピエス担当として出場し総合優勝 ※「チョコレートピエス部門」優勝
・2015年「ワールドチョコレートマスターズ2015」日本代表として出場し総合準優勝 ※「チョコレートピエス」部門賞、「スイート・スナック・オン・ザ・ゴー」部門賞
など
= INDEX==
・まさかの連続、「チョコレート人生」のはじまり
・日本における「ショコラティエ」の現在地
・パティシエとショコラティエの違いとは?
・魅力とむずかしさ 五感で測る技術
・これからの「ショコラティエ」と業界を育てていくために
まさかの連続、「チョコレート人生」のはじまり
もともと私は甘いものが得意ではなく、洋菓子の世界に進むなんて考えたこともありませんでした。大学卒業後は貿易商社への就職が決まっていましたが、ひょんなことで入ったアルバイト先が洋菓子店で、そこから人生が一転したんです。シェフの勧めでしぶしぶ食べたケーキの美味しさに世界観が180度変わり、内定を辞退してパティシエの道に進むことを決めました。
ところが、入社後に配属されたのはチョコレート部門。狭いプレハブ小屋のような作業場で、先輩と二人でココアの匂いにむせながら、格闘する日々が続きました。25歳で開発を任されてからは、ベルギーやフランスにも足を運んで研修を重ね、新商品を企画。振り返れば前職では、チョコレート部門の売上を2,000万円代から10億円規模にまで伸ばし、主力商品の8割を自ら開発していました。
国内外でのコンクールでも結果を残すことができ、先輩たちからは「チョコ林」と呼ばれるように(笑)。望んだ仕事ではなかったのに、気づけばチョコレートが自分の代名詞になっていたんです。ようやく「この道で生きていくしかない」と思えるようになり、ショコラティエとしての独立を決意しました。
日本におけるショコラティエの現在地
日本におけるショコラティエ文化は、この20年ほどでようやく形になり始めた分野です。いまだ一般的な認知は高くなく、パティシエに比べると“マイナー”な存在といえます。フランスやベルギーで修業を積んだシェフたちが国内で技術を広めてきましたが、チョコレートならではの設備投資のハードルもあってか、チョコレート専門で活動する職人は今も少数。バレンタイン商戦では一時的に注目が集まるものの、話題にのぼるシェフの多くは依然としてパティシエが中心というのが現状です。
今後「子どもたちのなりたい職業にショコラティエの名が挙がるように」との願いを込めて、現在は京都市の協力を得ながら、小学校の課外授業でカカオの木を育てる取り組みを提案していこうと考えています。未来の業界を支えるショコラティエを育てることも、私たちの大切な使命だと思っています。
パティシエとショコラティエの違いとは?
ショコラティエとパティシエの大きな違いは、「主軸に置く製品」にあります。パティシエが生ケーキや焼き菓子などを総合的に手掛けるのに対し、ショコラティエはボンボンショコラやタブレットといったチョコレート菓子を専門に扱います。
また、洋菓子では、生地づくりや焼成、クリームやソースの仕込み、デコレーションなど複数の工程を分担して進めますが、ショコラティエの仕事は工程が少ないぶん、一人で完結させることがほとんどです。
最初の関門となるのがテンパリング(チョコレートのツヤと口どけを整える温度調整)で、ここで素材の状態を見極める感覚を養います。その後、生チョコやコーティングといった製品づくりを経て、最終的にボンボンショコラに挑戦。ボンボンショコラはレシピがシンプルなだけに、わずかな違いがすべて味に表れる繊細なお菓子です。一粒300~400円という価格は決して安くありませんが、工程の一つひとつに神経を払い、最後は指紋ひとつ残さないよう氷水で手を冷やして仕上げをする。そうした細やかな手仕事が、その価値を生み出しているのだと思います。
魅力とむずかしさ 五感で測る技術
一方で、チョコレートづくりの最大の難しさは、温度と湿度の管理・調整にあります。テンパリングには温度の目安がありますが、実際はその通りにはいきません。メーカーやロットごとに個性が異なるため正解がなく、素材の状態を五感で確かめながら判断する力が求められます。私はよくスタッフに「素材を恋人だと思いなさい」と言うんですよ。構い過ぎても、構わなさ過ぎても、機嫌を損ねる(笑)。そんな絶妙な距離感で勝負するところが、面白さでもあります。
また、チョコレートは完成後の扱いにも細心の注意が必要です。温度が上がって溶け、再び固まると「ブルーム」と呼ばれる白い膜ができ、艶や口どけが失われてしまいます。さらに、保管時の温度や湿度がわずかに違うだけで内部の水分量が変化し、品質の劣化につながることもあります。目に見えない部分にまで神経を研ぎ澄ますことは、ショコラティエとしての感性を磨く行為でもあり、そこに“職人の真価”が現れると感じています。
これからの「ショコラティエ」と業界を育てていくために
今後、自社を含め業界全体を育てていくうえで必要なのは、年齢や立場を超えて「一緒に考え、動く」ことだと思っています。社内でも課題について意見交換をしていると、親子ほど年の離れた若いスタッフの感性にハッとさせられることが多くあり、いつも刺激をもらっているんですよ。多様化が進む時代だからこそ、そういう化学反応の中から、新しい道が生まれると信じています。
小さなチームだからこそ、一人ひとりの声を大切に、これからも「全員で決めて、全員でやる」ショコラトリーとして、新しいチョコレートづくりの形を追求していきたいですね。チョコレートが好きな人、何かを発想するのが好きな人は、ぜひ仲間に加わってください。一緒に、これからのチョコレートの世界をつくっていきましょう。
