ホテルを選ぶとき、立地や価格、食事を基準にする方は多いでしょう。しかし、滞在の満足度を左右するのは、実は客室というプライベートな空間で過ごす時間の質そのものです。
今回は「客室装飾」という視点から、単に「泊まる場所」ではない付加価値を生み出す仕事の舞台裏と、その真髄に迫ります。
今回は「客室装飾」という視点から、単に「泊まる場所」ではない付加価値を生み出す仕事の舞台裏と、その真髄に迫ります。
ホテル本能寺
京都・本能寺に隣接し、60年以上の歴史を持つ旅館。本能寺のお坊様方の「修学旅行生に京都を楽しんでほしい」という思いからスタートし、2019年のリニューアルを経て、現在も年間の3分の2が修学旅行生というスタイルを貫いています。
代表取締役社長 総支配人
小林 訓(こばやし さとる)氏
学生アルバイトから同社に入社。ホテリエとして数々の旅館・ホテルを経したのち、2019年のリニューアルを機に再び同社へ。現在は代表取締役社長 総支配人として、宿の新たな価値創造を牽引している。
部屋は寝るだけの場所じゃない。客室の付加価値とは?
室内装飾(インテリア)とは、壁紙や照明、家具、カーテンといったハード面から、掛け軸や花瓶、アートなどの小物まで、室内を目的や雰囲気(コンセプト)に合わせて整えることを指します。単に物を飾るのではなく、そこで過ごすお客様にとっての「心地良さ」や「過ごしやすさ」を高めることが、室内装飾の役割。部屋に入った瞬間に、ほっとできるか。落ち着いて過ごせるか。そうした感覚そのものが、客室の価値だと考えています。
和室であれば、畳の感触や床の間、掛け軸など、日本文化そのものが持つ力も大切な要素になりますし、お部屋の中に小さな庭をつくって、季節や自然を感じていただけるよう工夫を施すこともあります。物理的な空間を整えるだけでなく、お客様の記憶に深く刻まれる「安らぎの体験」を提供すること。それこそが、客室装飾の真の役割です。
装飾における3つの原則
装飾を考える際には、以下のような点を重視しています。
・お客様に合わせた空間づくり
装飾は一律ではなく、宿泊されるお客様に合わせて調整します。たとえば修学旅行生をお迎えする場合は、見た目の演出よりも安全面を優先します。学校との事前の打ち合わせで「壊れやすいものはできるだけ外してほしい」といった要望が出ることもあり、その都度、室内装飾の内容を見直します。おもてなしの気持ちを大切にしながらも、事故を起こさないこと。そのバランスを考えるのが、私たちの装飾の基本姿勢です。
・コンセプトとの統一感
本能寺という名前を冠している以上、お客様が期待されるのは、派手さではなく「静けさ」や「やすらぎ」です。私たちはその期待に応えるため、机や椅子、行灯(あんどん)といった調度品一つひとつに重厚感のあるものを選び、落ち着いた空間づくりを心がけています。
また、館内には本能寺にゆかりのある装飾品をさりげなく配置し、歴史に根差した世界観を統一して表現しています。中には、本堂全体を眺望できるよう設計された客室もあり、ここでしか味わえない体験そのものが、客室の付加価値につながっています。
↑ 客室から見える本堂の鬼瓦
・色彩と明かりの調和
場所の役割に応じて色合いを使い分けながら、全体として落ち着きのある雰囲気を保つことを意識しています。客室は、ゆっくりと身体を休めていただけるよう、シックで控えめな色合いに統一し、宴会場では朱色を用い、食事や会話の場にふさわしい華やかさを演出しています。明かりについても、明るさを前面に出すのではなく、空間全体に自然になじむよう調整し、落ち着いた雰囲気を損なわないことを大切にしています。
新しい感性に学ぶ室内装飾
客室の価値を追求する上で、私たちは伝統を守るだけでなく、新しい視点を取り入れることにも挑戦しています。昨年、専門学校の学生さんたちと一緒に客室装飾を考える機会があったのですが、そこで生まれたアイデアは、私たちにとって非常に新鮮で、学びの多いものでした。
たとえば、海外のお客様に向けた装飾を考える際、私たちはどうしても「苔玉」や「伝統工芸」といった、いわゆるステレオタイプな「和」を連想しがちです。しかし、学生さんたちが提案してくれたのは、色とりどりの「駄菓子」を客室に並べるというユニークなアイデアや、七夕の時期に笹を用意し、お客様に短冊を書いていただくという「体験型の装飾」。実際に、学生さんの提案を室内装飾に取り入れたところ、お客様アンケートでは大変良い評価をいただくことができました。
大切なのは、正解を見つけようとするのではなく、ここで過ごすお客様のことを思い浮かべながら発想すること。その姿勢こそが、客室の価値を高めていくのだと改めて感じています。
最後は「人」 スタッフの雰囲気が最高の装飾になる
どれだけ素晴らしい装飾を施し、美しい空間を整えたとしても、それだけでは「最高の滞在」は完成しません。最後のピースを埋めるのは、そこで働く「人」の力。スタッフが笑顔で、楽しんで仕事をしている。そのポジティブな空気感こそが、実はお客様にとって一番の「安らぎ」や「居心地の良さ」につながります。
特に旅館は、ホテルに比べてお客様との距離が非常に近いのが特徴です。修学旅行の生徒さんたちにお布団の敷き方を教えたり、本能寺の豆知識を披露したり、そうした何気ないコミュニケーションの一つひとつがお客様の心に残る付加価値となります。
私たちの仕事は、単に部屋を提供することではなく、お客様の人生の大切な1ページを、空間とサービス、そして私たちの笑顔で彩ること。そのやりがいに共感してくれる若い仲間と一緒に、これからの「京都の旅館文化」を守り、育てていきたいと願っています。
興味のある方はいつでも見学にお越しください。
