本能寺の門前に位置し、長い歴史を誇る「ホテル本能寺」。箸袋やお膳紙いっぱいに書かれた「ごはん美味しかったです」「ロールキャベツがふんわりしていて最高でした」というメッセージが、SNSで大きな反響を呼んだことをご存じでしょうか。
今回は、修学旅行という一生に一度のイベントを「食」で支える料理人に密着。年間200日以上修学旅行生を受け入れる一方で、本格的な京料理・会席料理でも訪れる人を魅了する、厨房の舞台裏に迫ります。
ホテル本能寺
京都・本能寺に隣接し、60年以上の歴史を持つ旅館。本能寺のお坊様方の「修学旅行生に京都を楽しんでほしい」という思いからスタートし、2019年のリニューアルを経て、現在も年間の3分の2が修学旅行生というスタイルを貫いています。
総料理長 多賀 高雄(たが たかお) 氏
高校時代の友人の縁をきっかけに料理の道へ進み、大阪を皮切りに全国各地のホテル・旅館や割烹で研鑽を積む。2019年、施設のリニューアルを機に同社へ入社し、総料理長として厨房を率いている。
京都らしさを守りながら、最大400人を迎える
私たちの調理場では、一般のお客様向けの会席料理と、修学旅行生向けの団体食、その両方を手がけています。どちらも京都らしさを大切にしていますが、調理に求められるものは大きく異なります。
会席料理は、一皿ごとの完成度が問われる世界。一方、修学旅行の食事では「全員に、同じ品質のものを、同じタイミングで届ける」ことが最優先になります。一度に対応する人数は、多いときで約400人。食事の提供が遅れると以降の行程すべてに影響してしまうため、会席料理以上に「計画」や「段取り」が重視されます。
一分一秒を争うからこそ、段取りが命
朝食の準備は、早い日で午前3時半から始まります。6名の社員を中心に、パートスタッフやサービススタッフの手も借りながら、7時までに提供を完了させます。その後は夜の食事の準備と並行して、翌日の食材の仕込みや、一般のお客様向けの会席料理にも取り組みます。
調理場の一日は、常に複数の業務が同時進行です。それでも現場が混乱しないのは、事前の段取りを徹底しているから。調理工程にかかる時間を見極め、各ポジションの動きが重ならないよう調整することで、限られたスペースと人数でも、効率よく仕上げることを可能にしています。
「団体食」のイメージを覆す、京都らしい一皿
大量調理というと、既成品を並べるだけというイメージがあるかもしれません。しかし当館では、「温かいものを温かく」召し上がっていただくため、焼き魚や揚げ物は直前に調理しています。ご飯も10台の業務用炊飯器をフル稼働させ、炊きたてを提供します。
また、「京都に来たら、京都らしい料理を味わっていただきたい」という思いから、湯葉や生麩、九条ネギといった京野菜などの食材を積極的に取り入れています。味付けは、出汁をきかせた上品な味わいを基本にしつつ、児童・生徒たちの好みも常に意識していますね。新しい献立を考える際には、自分の子どもに試食してもらい、率直な感想を聞きながら改良をかさねています。
命を預かる責任。「300分の1」ではなく「1分の1」の食事を
一分一秒を争う現場では、スピードや効率が強く求められます。しかし、どれだけ人数が多く、工程が複雑でも、軽視してはいけないことがあります。それが、「食べる人一人ひとりと向き合う」という姿勢です。
たとえば、アレルギー対応食の提供。学校によっては数十件にのぼることもあり、その内容も年々多様化しています。とくに難しいのは、小麦や大豆といった基本調味料に関わるアレルギーです。管理栄養士と密に連携し、成分を細かくチェックしたうえで、必要があれば一人のために別の調理ラインを用意します。
また、「300食であっても一人のための料理」という意識を持つことも欠かせません。作る側にとっては300個の料理でも、食べる人にとっては、目の前の一皿がすべて。たとえブロッコリー一個でも、盛り付けが雑になれば、その子の思い出を台無しにしてしまうこともあります。どんなに数が多くても、「一人のための料理」を作っているという姿勢は、決して忘れないようにしています。
料理で青春の一ページを彩る喜び
「美味しかった!」という言葉は、料理人にとって何よりの報酬です。食事会場では修学旅行生のみなさんが、お膳紙や箸袋に「ロールキャベツがふわふわでおいしかったです」「毎日のご飯が楽しみでした。ありがとうございました」といったメッセージを残してくれることがあります。なかには、「お出汁が美味しかったです」と伝えてくれた中学生もいて、「中学生がお出汁に感動してくれるなんて」と、こちらが胸を打たれたこともありました。
また、大人になってから「修学旅行でお世話になりました」と、宿を訪ねてくださるお客様にお会いすると、修学旅行という青春の一ページに、料理で関われたことの喜びを実感しますね。この仕事を続ける原動力になっています。
技術・スピード・誇り、すべてが身につく環境
料理人としての力は、経験の積み重ねの中で育っていきます。小さな料理屋では、一日に魚を二本しかおろさないこともありますが、ここでは野菜も魚も、日々多くの食材に触れます。その分、経験を積むスピードは早く、包丁の技術は確実に磨かれ、食材への理解も深まっていきます。一方で、日本料理の一品を究める繊細さは、一般のお客様に提供する会席料理の調理の中で学べます。大量調理と本格的な日本料理、その両方を経験でき、さらにお客様との距離が近いことも、私たちの大きな強みです。
段取り力、チームワーク、そして何より、人の人生の大切な瞬間に関わるという誇り。料理人として大切な力が、ここにはすべてそろっています。修学旅行という文化を支え、子どもたちの思い出をつくる。誰かの一生の記憶に残る仕事をしてみたい方は、いつでも見学に来てください。お待ちしています。
