「地産地消」という言葉を耳にしたことがあっても、それがどんな想いで、どのように商品づくりに活かされているのか、実感できる機会は多くありません。今回お話を伺ったのは、小田原で40年続く洋菓子店「樫の樹」の代表・草間幸(くさまゆき)社長。地元農家との交流を通じて生まれた地産地消の考え方や、お菓子に込める想い、そしてそこから広がる仕事のやりがいについてお話を伺いました。
有限会社樫の樹 代表取締役社長 草間 幸(くさま ゆき)氏
樫の樹
1985年、小田原の地で創業。初代・草間次郎氏の「地域を守る存在になりたい」という想いのもと、夫婦で立ち上げた小さなお店は、 今や地域に根ざした人気店へと成長。小田原の山と海に囲まれた自然豊かな環境の中で、温暖な気候と良質な土壌に恵まれて育った 地元の旬のフルーツを使ったケーキや焼き菓子など、四季折々の味わいをお菓子として届けています。
■「うちの果物、使ってみませんか?」から始まった地産地消
「樫の樹」が地元のフルーツを使い始めたのは、ある農家さんからの「うちの果物、使ってみませんか?」という声がきっかけでした。当時はまだ「地産地消」という言葉すら意識していなかった頃。それでも、実際に使ってみるとお客様の評判も良好。そこから他の農家さんとのつながりも広がり、自然と“地産地消”が店の特徴として根付いていきました。
最近では、SNS経由で「うちの果物を見に来てくれませんか?」というメッセージをいただき、実際に果樹園を訪ねることも増えてきました。そうした交流の中で、単なる材料の仕入れ先ではなく、“一緒にお菓子をつくるパートナー”のような関係が生まれていると感じています。
農家さんの名前は商品札にも記載していて、お客様からも「安心して手に取れる」とご好評いただいています。中には、「この果物って、どこの農家さんのものなんですか?」と興味を持ってくださる方もいて、ケーキを通じて農家さんの存在が伝わっているのを実感します。逆に、農家さんがお店のことを紹介してくれたり、応援してくれたりすることもあり、お店と農家さん、そしてお客様が“ケーキを通じてつながる”関係性が築かれています。お互いが笑顔になれる、まさにwin-win-winの関係がこの小さなお店から生まれているのです。
そんな“地産地消”は、戦略的に始めたのではなく、地元の人とのあたたかいつながりから自然に生まれたスタイル。だからこそ、無理がなく、長く続けていけるんです。
■“誰かの思い”を受け取って、ケーキに込める
地元の果物を使う魅力は、単に「新鮮でおいしい」というだけではありません。その果物が、誰の手で、どんな風に育てられてきたのかを知ることができる。その背景がわかることで、こちらも自然と「いいものをつくろう」と思えるんです。
たとえば、「小田原小夏」という焼き菓子は、“地元の素材を活かした、小田原らしい手土産をつくりたい”という思いから構想が始まり、3年かけてようやく商品化された、小田原産のフルーツがふんだんに使った商品です。地元の八木下農園さんと一緒に、糖度や酸味、どんな加工方法がいいかなどを何度も相談しながら、細部までこだわってつくりました。
こうして「農家さんの思い」や「地域への想い」を、自分たちが受け取って、今度は“ケーキという形”でお客様に届けていく。それが「樫の樹」の地産地消だと思っています。
■お菓子づくりの原点は、人とのつながり
地元の農家さんの畑や果樹園を見学したり、収穫を手伝ったりする中で、スタッフも「素材ってこうやって育ってるんだ」「こんなに大変なんだ」と体感することができます。農家さんの天候による苦労やフルーツへの想いを直接聞き、体験しながら知ることで、素材に対する理解や愛着が深まり、より丁寧に、より大切にお菓子づくりに向き合う気持ちが育まれていくんです。そうした経験が、お菓子づくりへの姿勢に自然と表れていきます。
「この果物、どうやって使おう?」「この味、どう活かそう?」と考える時間も、職人としての感性を育てる大切な時間。地元の素材に向き合うからこそ、商品づくりの幅も広がっていきます。
時には、農家さんが「新しいフルーツができたよ」とお店に持ってきてくださることもあり、そうしたやりとりがきっかけで新しいお菓子が誕生することもあります。
また、店頭に立つと「このケーキ好きなんだよね」と声をかけてくださるお客様もいて、その一言が何よりのやりがいになります。
■“顔が見える距離感”でつくる、店と人のあたたかさ
「樫の樹」には、地元の常連さんがたくさんいらっしゃいます。「今日は〇〇ありますか?」と聞かれることもあれば、「この前のケーキ、美味しかったよ!」と声をかけていただけることも。お客様との距離が近いからこそ、自然と「もっとよくしたい」という気持ちが生まれます。
お菓子づくりは、決して一人ではできません。素材を育ててくれる人、店舗で販売してくれる人、買ってくださるお客様……いろんな人が関わって、ようやく成り立つ仕事です。
だからこそ、商品開発のときにも「これ、地元の方が喜んでくれるかな?」「どの年代にも楽しんでもらえるかな?」と、自然と人の顔が思い浮かぶ。地域に根ざした店だからこそ、そうした“人とのつながり”を軸に仕事ができるのが魅力です。
■地元と共につくる、新しい“いつもの味”
「樫の樹」が目指しているのは、ただの「新しさ」ではなく、“新しさと懐かしさがちょうどよく混ざった味”。昔から親しまれてきた素朴なお菓子の中にも、旬の素材や新しいアイデアを取り入れて、どこかホッとするけど、ちゃんと今っぽい──そんな商品をつくっていきたいと思っています。
「地産地消」はそのための土台であり、可能性です。季節がめぐれば素材が変わる。農家さんが新しい品種を届けてくれれば、新たな挑戦が始まる。そうして、地域と一緒に、“ここでしかできないお菓子”をこれからもつくっていきたいと思っています。
地元を知り、素材を知り、人を知る。そのすべてが、きっとパティシエとしての財産になります。
少しでも興味があれば、ぜひお店をのぞいてみてください。ケーキの甘い香りの向こうに、あなたが目指したくなる「仕事」があるかもしれません。
