「いつかは自分の店を持ちたい」――そう思っている人もいれば、まだそこまで考えたことがない人もいるかもしれません。でも、“独立”とはどんなものかを知っておくことは、将来の選択肢を広げるうえで大きな意味を持ちます。
今回は、数々の受賞歴を誇る、人気ベーカリー「サンセリテ」の高田知明社長に、これまでの経験から得た学びや、会社として行っている独立支援の取り組みなどについてお話を伺いました。
株式会社サンセリテ
埼玉県狭山市に本店を構え、東京都世田谷区を中心に複数店舗を展開するサンセリテは、“ホシノ天然酵母”を用いたこだわりの パン作りで知られるベーカリーです。素材や製法に徹底的にこだわり、看板商品の「天熟食パン」は1日500斤以上売れる人気商品 としてメディアでも紹介され、「天然酵母のカレーパン」は1日20〜30回も揚げられるほどの人気を誇ります。他にも、毎日通い たくなるような魅力的なパンが店頭に並び、多くのお客様に愛されています。
株式会社サンセリテ 代表取締役 高田知明氏
大学卒業後、フランスに製菓学校も持つフランス菓子の名店で修行。パン職人としての腕を磨き、3年半後、実家のベーカリー 「サンセリテ」へ。以降は経営を引き継ぎ、実力派ベーカリーとして成長を遂げました。現在は「東京青雲会 会長」「日本リアル ベーカリー協会 理事」「ホシノ天然酵母パン種 技術顧問」などを務め、後進の育成にも力を注いでいます。数々のコンテスト での受賞歴もあり、業界内外から高い評価を得ています。
サンセリテはどのようにして誕生したのですか?
サンセリテは、もともと父が立ち上げたパン屋です。といっても、父はパン職人ではなく、長年電機会社に勤めていたごく普通の会社員でした。定年を迎えるにあたり、「これからはパンの時代だ」と母方の実家が営む製粉会社の取引先に背中を押されたことがきっかけで、埼玉・狭山にある親戚所有の土地で一念発起し、パン屋を始めたんです。
とはいえ、父はまったくの素人。最初は有名店から職人を招いてスタートしましたが、自らに技術がないことで現場をうまくまとめることができず、経営者として苦労する姿を、私は間近で見てきました。そのとき、「技術を持たなければダメだ」と強く感じたんです。
私自身は大学卒業後、ご縁があって、フランスに製菓学校も持つフランス菓子の名店で修行を積み始めました。しかし、修行を始めて3年半が経った頃、実家の職人が辞め、母も病に倒れてしまい、店には父とパートさんだけが残されることに。私は修行を終え、実家に戻る決意をしました。
この経験を通して強く感じたのは、「人生は何が起こるかわからない」ということ。だからこそ、今は独立を考えていなくても、いざという時に選択肢を持てるだけの“力”を備えておくことは、本当に大切だと思っています。
そこからどのようにして今のような人気店になったのですか?
修行を終えて実家に戻った頃は、まだまだ道半ば。職人が辞めてしまったあとだったので、私とパートさんのふたりだけで、なんとか店をまわしていました。当時は今のようにSNSもなく、講習会や情報共有の場もほとんどない時代。本とにらめっこしながら独学で技術を磨き、お盆にはパン教室、正月には飾りパンをつくりながら、年中パンに向き合っていました。
けれど、売上が思うように伸びなくなり、正直、煮詰まりかけていたときに、「このままじゃいけない」と思い切って外に目を向け、東京青雲会に参加しました。そこからが、本当の転機でした。
同じ志を持つ職人たちと出会い、講習会に参加し、情報交換をする中で、“お客様のためのパン作り”へと意識が変わっていったのです。
それまで「もっと上手くなりたい」という“自分のためのパン作り”だったのが、「どうすればもっと喜んでもらえるか」という“相手のためのパン作り”に変わったとき、売上は倍々に伸びていきました。
その後、「第1回パングランプリ東京2009」では、「クリームパン部門」と「オリジナルパン部門」で2部門同時グランプリを受賞。それらをはじめとする数々のコンテストでの受賞も後押しとなり、たくさんのお客様にご来店いただけるようになりました。
独立についてはどのように考えていますか?
私自身の経験から言っても、「自分の店を持つ」というのはパン職人にとって大きなやりがいです。だからこそ、サンセリテで働く仲間にも、いずれは独立を目指してほしいと願っています。
近年は安定志向が強まり、独立をためらう人も増えていますが、自分の店で自分のパンを届けられる喜びは格別です。また、「いつでも独立できる力」があれば、そのうえであえて会社に残るという選択も、自信を持ってできるようになります。
私は日本リアルベーカリー協会で講師も務めていますが、独立志向の強い人ほど学びに熱心で、コンテストでも結果を出していく傾向があります。やはり、強い目標が成長を加速させるのだと実感します。
もちろん独立がすべてではありません。でも「パンで人を幸せにする」という理念のもと、スタッフ自身も幸せを感じながら働けるように、独立という道をもっと身近に感じてほしいと願っています。
サンセリテではどのような独立支援を行っていますか?
サンセリテでは、独立支援の一環として、技術向上のためのコンテスト参加を推奨しています。費用補助はもちろん、挑戦への後押しも全力で行います。
なぜコンテストかというと、それが“独立後の強力な武器”になるからです。実際に、地方で独立した職人がコンテストで受賞したところ、なんとそのパンが最長3年待ちにまでなったという例もあります。地方に行けば行くほど、実績はブランドになり、信頼を生む。だからこそ、在職中から挑戦を積み重ねることに意味があるのです。
また、講習会への参加費補助や資格取得支援制度も整備。場合によっては私の講演会へ同行し、全国の職人と交流しながら学びを深める機会も提供しています。
さらに、日々の業務も独立を見据えた実践の場。サンセリテでは、店長に大きな裁量を任せており、年間スケジュールの中で実施するセールの具体的な内容や新商品の開発も各店舗の店長が主体的に決定しています。どんな商品を打ち出すか、どんな魅せ方で売っていくか。こうした経験のすべてが、未来の“経営者”としての力になります。
学生のみなさんへのメッセージをお願いします。
私はこれまで、たくさんの人に教わり、たくさんの失敗をしながら、ここまで来ました。そして学んだのは、「向上心を持って、素直に、柔軟に学ぶ人が、成長する」ということ。
先輩たちの考え方ややり方は人それぞれ。でも、それぞれの中に学びがあり、それを吸収していけば、自分なりの道がきっと見えてきます。
私はまさにそうやって学んでいったことが転機となって、人気店へと成長できました。
独立できるかどうかよりも、独立できる「力」を持つこと。それは、どんな未来にも対応できる“本当の安定”につながると、私は思っています。
