和歌山駅からほど近い場所で、伝統と洗練が調和した趣ある佇まいを漂わせる「四季の味ちひろ」。
和歌山で初めてのフグ専門店として創業し、メニューの幅を広げながら、60年以上にわたり地元の人々に愛され続けている日本料理店です。
創業者である先代は、どのような想いで店を発展させてきたのか。
父である先代からバトンを受け継いだ二代目は、どんな未来を見据えているのか。
現代表・西廣真治氏と、その妹である女将・西廣安貴子氏に、「四季の味ちひろ」のこれまでとこれからについて伺いました。
(右)代表取締役 西廣真治 氏 大学卒業後、証券会社に入社。大阪に勤務し、営業、人事、海外トレーニー、広報IR部門で数々の実績を残したのち、 2003年に株式会社ちひろの代表取締役に就任。和歌山県倫理法人会の法人スーパーバイザー、特定非営利活動法人 「エルトゥールルが世界を救う」の理事を務めるなど、経営の枠を超えて幅広く活動し、地域社会の活性化に尽力している。 (左)女将 西廣安貴子 氏 大学卒業後、OLを経て、お茶漬け店やイタリアンレストランを経営。その間、家業の日本料理店「四季の味ちひろ」を 手伝いながら、2005年〜和歌山城の近くに10年契約でオープンした新店でマネージャーを務める。2012年に「四季の味 ちひろ」の女将に就任。日本文化や和歌山の魅力発信地として、兄と共に、先代の父が築いた店を守り続けている。
「フグを和歌山に広めたい」と脱サラ
「四季の味ちひろ」の起源は、今から60年以上前に遡ります。始まりは、高校を卒業して大阪の商社で働いていた先代が、飲食店に並んでいるフグに目をつけたことがきっかけでした。「これを地元・和歌山に持っていきたい」と一念発起し、脱サラして市場でフグを捌く技術を習得。当時、和歌山で一番の繁華街だった築地にて、フグ専門店を開店したのです。
「父にしてみたら、同じように仕事をしていても、高卒の自分より大卒の同僚のほうが給料が高いことに理不尽さを感じていたのでしょう。そんなときにフグに目をつけ、『これはいける!』と起業を決意したようです」(真治氏)。
とはいえ、20代前半の若者にお金を貸してくれるところなど、そう簡単には見つかりません。最初は資金集めに苦労し、20数件もの金融機関をまわった末、ようやく1つの銀行から融資を受けることができました。
店がオープンしてからも自分の食事は満足にとれず、「栄養満点だから」と店で残った鶏の出汁を飲んでいたこともあるそうです。肺炎を患って寝込んでいても、店から呼ばれたらすぐに起きて出て行く……そんな父の姿を、真治氏と安貴子氏は幼いながらに目にしてきました。
鍋料理から会席料理まで楽しめる本格日本料理店へ
苦労の甲斐あって、先代が持ち込んだフグ料理は徐々に和歌山の人たち受け入れられ、店は軌道に乗り始めました。すると先代は、てっちり以外にも鍋の種類を増やしていきました。ある相撲部屋とのご縁がきっかけでちゃんこ鍋がメニューに加わると、ポン酢の配合も自ら考案。やがて、「鍋ならちひろ」といわれるまでに。
この伝統は現在まで受け継がれ、同店は1年を通して味わえるてっちりやちゃんこ鍋に加え、夏はハモ鍋、冬はクエ鍋と、季節の味覚を楽しめる鍋料理店として高い評価を得ています。
さらに、鍋料理の需要が落ち込む夏も安定してお客様にご来店いただけるよう、職人を迎えて四季折々の会席料理の提供も始めました。海の幸・山の幸・果物など、和歌山の旬の食材を使った本格日本料理は幅広い層に喜ばれ、見合い・婚礼・お食い初め・七五三・法事といった人生の節目となる行事、また接待の場としても利用されるようになっていきました。
鋭い“先見の明”が今につながる
現在の場所に店を設けたのも、フグ料理が軌道に乗り始めた頃です。
「ここは、今でこそ『アロチ』と呼ばれる和歌山の繁華街ですが、当時は何もありませんでした。それでも父は、築地からこの地へ繁華街を移すと言って支店をつくり、テナントビルまで建てたのです。父の言葉どおり、今ではたくさんの店ができて、すっかり夜の街になりました」(安貴子氏)。
この支店こそが、現在の「四季の味ちひろ」です。
しかも、2階は当初から個室になっていて、改装はしているものの、今もそのままの間取りで使用しています。
「接待で利用されることや、身内だけで落ち着いて食事を楽しみたいという和歌山の人の気質を考えていたのでしょう。父の先見の明には驚くばかりです」と安貴子氏は語ります。
先代からバトンを受け継いだ二代目の想い
二代目を引き継いだ代表取締役の真治氏と、女将を務める安貴子氏は、実は双子のきょうだいです。かつてはそれぞれの場所で活躍していた二人ですが、紆余曲折を経て父の跡を継ぎ、今、新たな取り組みにも積極的に挑みながら、家業の歴史を紡いでいます。そんなお二人の想いとは……
真治氏「日本人は、人生の節目を大切にしてきました。そうした特別な日に、落ち着いた空間で日本料理を味わい、家族や友人との時間を過ごすことは、古くからの習わしです。行事ごとで多くの人にご利用いただいている当店は、必要としてくださる方々に喜んでいただけるよう、この伝統を受け継いでいくことが使命だと考えています。これからも残すべきものは残し、変えるべきところは変えて、より良いお店にしていきます」
安貴子氏「日本語には“言霊”という考え方があります。店名の『ちひろ』には、“いろんな人が集う、いい空間”という想いが込められていると感じています。これからもそのスピリットを大切に守りながら、父が築いたこの店を、より多くの人が集う心地いい場に育てていきたいですね。継続するのは簡単なことではありませんが、創業から半世紀以上が過ぎた今、100年企業を目指して、そのバトンをしっかり受け継いでいきたいと思っています」
これから一緒に働く人へのメッセージ
最後に、料理人を目指す皆さまへ、社長からメッセージをいただきました。
「当店の先代は、サラリーマン時代に理不尽な思いを経験しました。それでも決して屈することなく、自分で道を切り拓いてきました。自分の店が接待の場として使われるようになり、大企業の社長と対等に話ができたときは、きっと心から誇らしく感じたことでしょう。父の背中を見て、理不尽な思いはむしろいい経験になること、悔しいときこそ一生懸命頑張る大切さを教えてもらった気がします。
飲食店は忙しく、大変なこともたくさんあります。でも、『しんどくてもやり切った』という成功体験は、必ず喜びや成長につながります。皆さんも働くことが喜びになるよう、私たちと一緒に歩んでいきましょう。」
