私たちの日常に馴染みの深い「蕎麦」は、シンプルでありながら深い味わいを楽しめる料理です。今回は創業から300年の歴史を刻む老舗・鶴喜そば製菓株式会社(本社:滋賀県)の支配人兼料理長に、そばの歴史や魅力、そば職人としてのやりがいについて語っていただきました。
お話を伺ったのは……
【鶴喜そば製菓株式会社】
支配人兼料理長 谷口善三氏
日本人に愛される「蕎麦」とは
(以下、谷口氏)
蕎麦は、もともと中国大陸から伝わった食材です。一説には遣隋使や僧侶たちによって、日本にもたらされたと言われています。蕎麦の特徴は、荒れ地でも育つ生命力の強さ。痩せた土地でも短期間(2~3カ月)で育つため、昔から山間部や寒冷地で重宝されました。また、蕎麦は単なる食事ではなく、日本の暮らしにも深い結びつきがあります。細くとも長く続くことへの願いから、年越しそばなど「節目」に食べる文化が根付いています。
蕎麦づくりの基本
◎ 粉と水、気候を読む
蕎麦粉と水だけで作る蕎麦は、非常に繊細な食べ物です。まず、加える水の量(加水率)は、気温や湿度、天気によって毎日調整が必要になります。たとえば冬場は乾燥して水分が飛びやすいため、加水率をやや高めに。逆に夏場は湿度が高いため、加水を控えめにします。また、晴れの日と雨の日でも粉に含まれる水分量が変わるため、毎回手の感触で確かめながら微調整を行います。
◎「手打ち」と「機械打ち」の特徴
「手打ち」の特徴は、手作業ならではの個性を楽しめるところ。包丁で切るため麺に角が立ち、香りや食感にダイレクトな力強さが生まれます。職人の技が一杯ごとに映し出されるのが、手打ちの魅力です。「機械打ち」の蕎麦は断面にやや丸みがあり、喉越しがなめらかなものが多いです。安定した品質と量を維持して製造できる点が大きな特徴です。
また、「水回し」や「こね」の工程で水分が均等に行き渡らないと、茹でる際に麺が切れ、食感が悪くなるため、当店では機械で打つ場合でも途中で必ず手を加えて調整を行っています。
十割蕎麦と二八蕎麦の違い
使用する蕎麦粉の割合によっても、蕎麦の特徴は大きく変わります。
十割蕎麦(蕎麦粉100%)は、小麦粉を一切加えないため、蕎麦本来の香りと風味をダイレクトに楽しめます。しかし、そば粉にはつなぎの役割をする“グルテン”が含まれていないため切れやすく、水加減やこね具合、温度管理などに高い技術が求められます。また、天候による生地の状態変化も大きく、常に微調整が必要になります。
一方で、二八蕎麦(蕎麦粉8割・小麦粉2割)は、小麦粉を加えることで生地の結束が強まり、切れにくく、喉越しもなめらかになります。扱いやすく、品質や提供のうえで安定性が高いため、多くの店では二八蕎麦が主流となっています。
そばつゆ 蕎麦の味を決める立役者
蕎麦の美味しさを支えているのは、麺だけではありません。そばつゆのクオリティも、蕎麦の味を大きく左右します。
当社では、毎朝各店舗で、そばつゆのベースとなる出汁を丁寧に引いています。4~5種類の鰹節や鯖節を独自にブレンドし、代々伝わる方法を用いていますが、昔と今では魚の脂のりや旨味が異なるため、常に同じ味を維持する努力が欠かせません。毎朝出汁を取る際には、素材の状態を見極め、感覚を研ぎ澄ませて微調整を重ねています。
また、そばつゆには地域ごとの特徴もあります。関東では、醤油の濃い辛口のつゆに蕎麦を少しだけ浸して食べるのが一般的。一方、関西では、昆布と鰹の旨味をしっかりきかせたつゆに、たっぷりと蕎麦を浸して味わうのが主流です。こうした違いも、蕎麦文化の奥深さを物語っています。
「最高の一杯」を提供するために必要なこと
当社の調理場の中には、蕎麦を茹でる「釜」、天ぷらを揚げる「揚げ」、そして出汁をかけたり盛り付けを担当する「中台」、三つの持ち場が一体となり、タイミングを計りながら一杯を仕上げていきます。
ただ単に、蕎麦をどんどん茹でる、天ぷらをどんどん揚げる、というわけではなく、蕎麦を茹でる時間を逆算して天ぷらを揚げ始め、さらに出汁をかけて盛り付けを整える。蕎麦は茹でたて、天ぷらは揚げたてが一番美味しく、お出汁もかけたてが最も香り高く仕上がるからこそ、それぞれが最高の状態で揃うよう、厨房全体で流れを逆算しながら作業を進めます。
商品としての完成度を高めるためには、技術だけでなく、その都度、その場の状況に応じた判断と連携が欠かせません。注文が集中しても、一杯一杯を最適なタイミングで仕上げるために、厨房全体が一体となって取り組んでいます。
メッセージ 和食技術にプラスαの専門性を身につけよう
蕎麦粉と水、素材がシンプルだからこそ、ほんの少しの違いが仕上がりに影響する。それが蕎麦のおもしろさであり、やりがいだと思います。当社の場合、蕎麦はセントラルキッチンでつくっていますが、各店で手打ちの技術を一から学ぶことも可能です。和食全般のスキルに加え、蕎麦という専門性を身につけたい方は、いつでもお気軽に見学にお越しください。一緒にお客様の心を満たす料理を作っていきましょう。
