高校の教室で語った、地元・魚太郎の「熱狂」と「リアル」
「働くことって、楽しいですか?」
真っ直ぐな瞳でそう問いかけられたとき、私は一瞬、言葉に詰まった。 先日、地元・愛知県の高校へお邪魔し、キャリア教育の講師として教壇に立った。
教室という静かな空間で、私はあえて、活気あふれる市場の声や炭火で焼かれる魚介の香り、そして現場で働く大人たちの熱量を、言葉に乗せて高校生たちに届けようと試みた。
1. 教室に持ち込んだ「熱狂」の現場
高校生にとって、地元の有名店である「魚太郎」は、家族で行く場所や、観光客で賑わう景色の一部に過ぎないかもしれない。 しかし、そこには獲れたての魚をその場でさばく職人の矜持があり、お客様の「美味しい」のために奔走するスタッフの情熱がある。
「ここで働く大人たちは、なぜこんなに一生懸命なんだと思う?」
スライドに映し出された市場の活気を前に、生徒たちに問いかけた。彼らの中にあったのは、労働に対する「大変そう」「疲れるもの」という、きつそうなイメージだった。
2. 「夢」ではなく「生き方」を語る
私は、綺麗事の成功体験を語るのをやめた。代わりに、魚太郎のスタッフが朝からセリに臨む姿や、思い通りに魚が入らない時の葛藤、そして、一皿の鮨にお客さんが感動した瞬間にすべてが報われる、あの震えるような喜びを話した。
仕事とは、誰かの「困った」を解決し、誰かの「喜び」を作ること。 その対価としていただくお金は、誰かからの「ありがとう」が形を変えたものであること。
「将来の夢がすぐに見つからなくてもいい。でも、目の前の誰かを喜ばせることに本気になれる大人になってほしい」 そう伝えたとき、それまでノートに目を落としていた生徒たちが、ふっと顔を上げた。
3. 希望は、大人の語り口に宿る
授業が進むにつれ、教室の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。「働くこと」が、単なる生活のための手段ではなく、自分自身を表現し、社会と繋がる手段であるという実感が、彼らの中に芽生え始めていた。
私たちは、彼らに「希望」を見せられているだろうか。 希望とは、輝かしい未来を約束することではない。今を生きる大人が、自分の仕事に誇りを持ち、そのやりがいを自分の言葉で語る姿そのものなのだと思う。
魚太郎という現場で見つけた「働く喜び」が、いつか彼らが社会へ飛び出すときの、ささかな勇気になってほしいと願わずにはいられない。
4. 授業を終えて
チャイムが鳴った後、一人の男子生徒が近づいてきてこう言った。 「仕事って、もっと苦しいだけだと思ってました。ちょっと楽しみになりました」
その言葉こそが、私がこの日、教室に届けたかった最大のギフトだった。 大人になることは、自分の可能性を誰かのために使う喜びを知ること。 真剣な眼差しで聞いてくれた高校生たちのおかげで、私自身もまた、「明日もまた誇りを持って働こう」という希望をもらった。
著者より 事例としてお話しさせていただいた魚太郎の皆様、そして何より、私の言葉を真っ直ぐに受け止めてくれた高校生の皆さんに、心から感謝します。
