「江戸前鮨」と聞くと、伝統的で格式が高く、昔ながらの技法を守り続ける世界。そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし実際には、魚の状態、流通、そしてお客様の価値観は、時代とともに確実に変化しています。
変わらないためには、変わり続けなければならない。
南青山の江戸前鮨店「匠 進吾」では、江戸前の基本を何より大切にしながら、今の時代に合った鮨の在り方を日々考え続けています。
今回は、店主の高橋進吾さんと、現場で修業を重ねる野田健司さんに、江戸前鮨の本質と進化、そして鮨職人として成長するために大切な視点を伺いました。
【匠 進吾】
東京・南青山に店を構える「匠 進吾」は、江戸前鮨の技術と考え方を大切にしながら、今の時代に合った鮨を追求する一軒です。 一貫一貫に丁寧な仕事を施し、カウンター越しにお客様と向き合う。ただ「おいしい」だけでなく、会話や空気も含めて「たのしい」 時間をつくることを大切にしています。
左から
野田 健司(のだ けんじ)さん/2016年5月入社
高橋 進吾(たかはし しんご)さん/大将
Q.そもそも「江戸前鮨」とは、どんな料理なのでしょうか?
高橋さん:
江戸前鮨の基本は、とてもシンプルです。塩で締める、酢で締める、昆布で締める、煮る、炊く。魚の状態を見極めて、余分な水分や臭みを取り、旨味を引き出す。それをシャリと合わせて、初めて一貫として完成します。
もともとは保存や殺菌のために生まれた料理です。今のように冷蔵技術がなかった時代に、どうすれば魚を美味しく、安全に食べられるか。その知恵と工夫の積み重ねが、今の江戸前鮨につながっています。
野田さん:
私はもともと関西の鮨店で働いていました。関西の鮨は素材の良さを活かすスタイルが多いですが、江戸前鮨はひと手間ひと手間を重ねて完成させる料理だと感じます。ネタ単体ではなく、シャリと合わせたときのバランスまで含めて一つ。お店ごとにシャリの味が違うので、それに合わせて魚の締め加減も微調整する必要があります。だからこそ、江戸前鮨は職人の考え方や判断が、味にはっきり表れる世界だと思います。
Q. 江戸前鮨は、時代とともにどう変わってきたのでしょうか?
高橋さん:
江戸前鮨は「昔のやり方を守り続ける料理」と思われがちですが、実際には、取り巻く環境は大きく変わっています。
まず、食材そのものが変わりました。日本全体で水産資源が減り、昔は当たり前に使えていた魚が使えなくなったり、価格が高騰したりしています。気候の変化で、魚の旬や獲れる時期がずれることも珍しくありません。
一方で、流通や道具、設備は進化しています。たとえば「熟成」も、考え方自体は昔からありますが、今は冷蔵技術や環境が整っている分、職人が魚の状態をより細かくコントロールできるようになりました。ただし、何でも熟成すればいいわけではありません。
魚の種類や季節、その日の状態を見て、「この魚にとって何が一番いいか」を見極める力が必要だと思います。そのためにも経験や知識に加えて、「もっと良い方法はないか」を常に考え続けることが欠かせないと感じます。
野田さん:
実際に現場にいると、教科書通りにいかない場面が本当に多いと感じます。同じ魚でも個体差も大きい。だからこそ、「なぜこの工程が必要なのか」を理解していないと応用がききません。基本を知ったうえで、微調整できる力が必要だと思います。
教わったことをそのまま繰り返すだけではなく、他店で食事をしたときにシャリの味や締め方を観察したり、自分の仕事と比べたりする。そうした日々の学びと探究心があってこそ、江戸前鮨は時代に合わせて進化し続けられるのだと思います。
Q. 匠 進吾で大切にしている「変えないこと」は何ですか?
高橋さん:
江戸前のクラシックな技法は変えません。流行っているからやる、映えるからやる、という判断はしない。本当に意味のある仕事なら、歴史の中で残っているはずですから。
シャリも、今は1種類に絞っています。その分、季節や米の状態を見ながら、酢や塩の加減を細かく調整する。シンプルなやり方ほど、誤魔化しがきかないんです。
野田さん:
一番変えていないのは、人としてどう向き合うかだと思います。技術ややり方は時代に合わせて変わっていきますが、お客様にも、仲間にも、誠実に向き合うという姿勢はずっと同じです。
大将もよく言うのですが、取り繕った態度や無理をした接客は、カウンター越しだとすぐに伝わってしまう。だからこそ、等身大でいること、ちゃんと相手を見ることを大切にしています。その積み重ねが、「匠 進吾」らしさなんだと思います。
Q. 技術だけでなく、「お客様を笑顔にする力」とは何でしょうか?
高橋さん:
今のお客様は、情報も知識も豊富です。だから、職人が天狗になればすぐに見透かされます。
大切なのは、「自分がお客さんだったらどう感じるか」を常に考えること。
足の悪い方への気遣い、緊張しているお子さんへの声かけもそうです。そうした小さな配慮の積み重ねが、店の空気をつくります。
野田さん:
大将の言う通りだと思います。
そして、ここで学べるのは、「どう握るか」だけではありません。お客様との距離感や、場の空気の読み方も含めて仕事だと感じます。
技術はもちろん大事ですが、人としてどう向き合っているかは、最終的に料理にも表れると思います。
Q. これから鮨職人を目指す学生へメッセージをお願いします
高橋さん:
江戸前鮨は、ちゃんと習得するまでに時間がかかります。でも、だからこそ続ける価値があります。3年、5年と積み重ねる中で、必ず見える景色が変わってきます。
流行に流されず、基本を大切にしながら、「自分はなぜ寿司職人をやっているのか」を考え、初志貫徹してほしい。そこがブレなければ、仕事の意味も楽しさも見えてくると思います。
野田さん:
最初の職場は、本当に大事です。どんな考え方で仕事をしている店なのか。そこで学んだことが、その後の職人人生の土台になります。そして、そこでやると決めて入ったのなら、周りや環境のせいにせず、まずはやり切ることが大事だと思っています。
技術も、人との向き合い方も、どちらも大切にできる環境で、じっくり成長してほしいですね。
