南青山の静かな路地に店を構える江戸前鮨店「匠 進吾」。
気取らず、どこか温かい空気の中で味わう鮨と会話を求め、長年通い続ける常連客も少なくありません。
この店を切り盛りするのが、大将の高橋 慎吾氏。16歳で鮨の世界に入り、18年間の修業を経て2013年に独立しました。
「おいしい」よりも「たのしい」。その一言を大切にしてきた背景には、鮨職人として、そして一人の人間として積み重ねてきた時間と経験があります。今回は、「匠 進吾」の創業ストーリーを通して、髙橋氏が大切にしてきた考え方をひも解きます。
【匠 進吾 大将 高橋 進吾(たかはし しんご)氏】
1978年、茨城県生まれ。16歳で鮨の世界に入り、江戸前鮨店で18年間の修業を積む。29歳からの約3年間は、五島列島での漁師経験や 宮城県の酒蔵での日本酒づくりなど、鮨屋の外の世界も経験。2013年、南青山に「匠 進吾」を開業。江戸前鮨の伝統を大切にしなが ら、人との向き合い方を重視した店づくりを続けている。
成り行きから始まった鮨職人の道
正直に言うと、最初から「鮨職人になりたい」という強い想いがあったわけではないんです。高校を中退して、これといってやりたいことも決まっていなかった16歳のとき、伯父の紹介で鮨屋に入りました。それが、この世界に入ったきっかけです。ただ、そのときに一つだけ決めたことがありました。
「親方に認められるまでは、絶対に辞めない」
理由は単純で、途中で辞めたら逃げになると思ったからです。特別な才能があるわけでもない。だからこそ、逃げずに続けるしかない。その気持ちだけで、修業の日々が始まりました。
修業の現場で知った、鮨職人の仕事の本質
修行する中で一番きつかったのは、修業1年目の夏でした。練習用として任されたのは、「新子(しんこ)800本」の仕込み。通常営業をこなしながら、深夜から朝5時まで、一人で800本を下ろしました。
やりきったと思った翌朝、返ってきたのは評価ではなく叱責。教わってもいない「塩と酢での締め」ができていない、と怒られたんです。当時は理不尽だと感じましたが、今振り返ると、あの経験があったからこそ「見て盗む」「察する」「自分で考える」姿勢が身についたと思っています。
鮨屋の仕事は、魚を触る前から始まっています。例えば掃除一つでも、床の汚れや道具の置き方に気づけるかどうかで、仕事への向き合い方が表れます。仕込みも同じで、魚を触れなくても、先輩がどこを見て、どう判断しているかを観察する。その積み重ねが、後になって必ず効いてきます。
鮨屋の外に出たことで、天狗にならずに済んだ
29歳の頃、親方の勧めで一度鮨の世界を離れました。鮨の世界しか知らなかった私は、五島列島で漁師をし、酒蔵で半年間日本酒づくりを学び、器作りにも携わりました。
そんな中、器作りの現場で、作家の先生から「なぜ今、鮨職人として修行すべき君がここにいるの」と問われたとき、何も答えられなかったんです。
そのことがきっかけで、一度逃げるように地元・茨城へ戻り、運送会社で深夜の荷引きのアルバイトをしました。そこでは、鮨職人としてのプライドは何の役にも立ちません。31歳にして、20代の若者たちに教わりながら、人が嫌がる仕事を率先してやることで、少しずつ認められていきました。
この経験があったからこそ、鮨屋の常識に縛られない一般常識や、人への優しさが身につき、天狗にならずに済んだと思っています。
独立と「匠 進吾」の立ち上げ
親方のもとで通算18年修業し、独立のタイミングを提示されました。ちょうど、先輩がやっていた今の場所が空き、親方から「進吾、やるか?」と言われたんです。チャンスだと思い、手を挙げました。
本当は、親方は自分の店を継がせたい気持ちもあったと思います。でも私は、「自分の色の空間をつくりたい」と考え、独立を選びました。
店名に修行先の名前を入れなかったことで、親方に怒られましたが、今では、それだけ期待と愛情をかけてもらっていたのだと感じています。
独立当初は、3年ほど思うようにお客様が入らない時期もありました。でも、誠実に仕事を続ける中で、少しずつ評価してもらえるようになり、今では多くのお客様に支えられています。
「おいしい」より「たのしい」店をつくるということ
鮨屋として、「美味しい」は大前提です。そこは当たり前にやり続けなければいけない。でも私は、それだけではお客様の心には残りきらないと思っています。
お客様が店を思い出すとき、覚えているのは味だけではありません。その場の空気や、誰とどんな時間を過ごしたか。特に鮨屋は、カウンター越しに人と向き合う仕事です。だからこそ、「匠 進吾」では「おいしい」より「たのしい」を大切にしています。
ここでいう「たのしい」とは、騒がしいことでも、盛り上げることでもありません。お客様が肩の力を抜いて、自然体で過ごせること。その結果として、「今日は楽しかったな」と思って帰ってもらえることです。
そのために私が一番意識しているのが、等身大でいること。話題を無理につくったり、自分を作って接したりはしません。カウンター越しでは、そうしたものは必ず見透かされます。だから、格好つけず、時にはオヤジギャグを言って、お客様にいじられながら笑ってもらう。その人に合った距離感で向き合うことを大切にしています。
鮨職人の仕事は、鮨を握るだけではありません。人と向き合い、その時間ごと提供する仕事です。「また来たい」と思ってもらえる関係を、一日一日積み重ねていく。それが、「匠 進吾」が目指す「おいしい」より「たのしい」店です。
学生へのメッセージ
今は、「早く一人前に」「早く独立を」という空気が強い時代です。でも私は、焦る必要はないと思っています。
例えば、本来10年かけて身につけるべき技術や考え方があるとします。それを5年や8年で独立した場合、残りの学びはどうなるのか。
独立すれば、自由も増えます。でも同時に、売上・責任・判断・失敗のすべてを、自分一人で背負うことになります。しかも、独立すると「指摘してくれる人」がいなくなる。これは、思っている以上に大きな問題です。
20歳で業界に入り、10年修業しても、まだ30歳。鮨職人には定年がありません。70歳、80歳、あるいは100歳まで現役でいられる仕事です。
その長い職人人生の中の、たった10年。そこを我慢して積み重ねれば、その後の40〜50年は、周囲から信頼され、認められる人生になる。
人間性が伴っていないと、所作や仕事の雑さは必ずお客様に見抜かれます。
だからこそ、急がば回れ。焦らず、逃げず、しっかりと土台をつくってほしいと思います。
