子供の頃から、何か物を作る仕事がしたかった
子どもの頃から、将来は何か物を作る仕事がしたいと考えていました。高校を卒業するころ、両親にその話をすると「大学は行きなさい」と言われ、大学へ進学します。大学を卒業するときも、特にやりたいとことが思い当たりませんでした。以前からの、何か物を作る仕事がしたいという想いだけはあったので、「料理でもやってみるか」と調理師専門学校へ進学します。日々料理の勉強をする中で、最初はイタリアンなど洋食をやりたいと、ぼんやり思っていました。しかし、そのころアルバイトをしていた和食居酒屋が、ちゃんとした板前さんのいるところで、毎日本格的な和食をみて働いていると、自ずと興味が湧いてきたのです。それからは、こんな料理ができたらいいなと考えながら、毎日働いていました。本当に休みがなく「休みないなぁ」と思いながら毎日働き、気がつけば一年が過ぎようとしていました(笑)ある日のこと、専門学校の教科書を開いたら、和食のページがとても魅了的に映ります。今までも、同じページを見ているはずなのに、そのときは、和食がもの凄くいいものに見えたのです。「やっぱり日本人は、和食だ!」ということで、日本料理の世界に踏み出しました。
修業時代の厳しい現実
専門学校を卒業して、最初に働いたのが料亭のようなお店でした。厨房とホールが分かれていて、お客様と直接対面することはほとんどありません。そこは、とにかく厳しく、口で教えてもらうことは、ほぼありませんでした。自分がついた先輩は、中でも癖のある方で、同僚はそれほどでもなかったのが、自分だけ常に怒られている状況でした。しかし、自分で選んだ道でしたし、途中で投げ出したくはなかったので、「やるしかない」という気持ちで取り組んでいました。そういった状況ではありましたが、厳しいからこそ自身の成長は実感できるものです。そうして、日々働いているうちに立ち回り方も要領を得てきたようで、その先輩からの厳しい指導も徐々に減っていきました。半年が過ぎるころには、すっかりなくなり、普通に教えてくださるようになりました。その後、このお店では2年ほどお世話になりましたが、自分の料理人としての基礎は、ここで形成されたと思います。このお店で教えていただいた料理のいくつかは、今でもうちのお店で提供しています。
料理だけじゃない、大切ものを教えてくれたオーナー
自分は、今の店舗を構えるまでに、最初の店舗も入れて5店舗で働いてきました。そこでの経験のすべてが、今の自分をつくり育ててくれたのだと感謝しています。その中には、料理以外のことを教えてくださった方もいらっしゃいました。特に、3店舗目でお世話になったときのお店のオーナーです。その方は、骨董への造詣が深く収集家でもありました。そこで、骨董のことをいろいろ教えていただきます。今では、自分も骨董が趣味となり、お店で扱う器も骨董のものを使用しています。このお店は、内装やお皿、そして料理と、すべてにおいて「綺麗」にこだわっていたお店です。ここで働いて、料理だけではない日本料理の奥深さを学びました。
独立を決断させてくれた、大将の言葉
自分が、独立するきっかけとなった方がいらっしゃいます。それが、独立直前までお世話になっていた5店舗目の大将です。実はそれまで、独立して自分のお店を持つということに、あまり興味がありませんでした。しかし、今の女将と結婚したときです。彼女も、それまでは料理人で、どちらかというと独立志向の人でした。その彼女と結婚するということは、やはり独立する方向なのか?と思っていました。すると、そのお店の大将が「もう十分いい腕を持っているのだから、独立しても大丈夫だろう」とおっしゃってくださったのです。その言葉をいただいてから、自分にもできそうだと思えて、独立へ向け動いていきました。
今、そしてこれから
さまざまなタイミングが重なり、2017年6月24日「御料理 辻」をオープンさせることができました。そして、オープンして半年が過ぎたころ、驚きの知らせが舞い込みます。それが「ミシュラン1つ星の獲得」です。早いなという驚きと共に、とてもうれしく感じました。それから6年、その称号は今でも毎年更新され続けています。この影響か、外国人のお客様からのご予約も多くいただきます。外国人のお客様に、自分のお店や料理を知っていただけるのも、本当にうれしいです。
これからは、自分のやりたいことに、お客様が共感していただけるようなお店にしたいと考えています。そうすることで、もっとお客様に寄り添った接客ができるでしょう。そして、お店の規模も、今より縮小しより集約した形にして、お客様との関係をさらに濃密なものにしていきたい。それが、私が描く「御料理 辻」の未来です。
