この連載では、新しい視点で自分らしい働き方をするシェフにインタビュー。どうやって自分らしさを見つけたか? どうやって今、自分らしく働いているか? シェフたちの道のりや、現在の仕事について聞きます。
vol.20 チェンチ 坂本 健(前編)
イタリア料理に取り組みながら、自分の個性は「京都人」だと気づいた
京都・平安神宮ほど近くにあるイタリア料理店、「チェンチ」。オーナーシェフの坂本 健さんは大学卒業後に地元京都のイタリア料理店に就職し、キャリアをスタートしました。その店のシェフは、じきに「京都らしいイタリア料理」の牽引役として活躍する存在に。坂本さんも修業中、イタリア料理を京都の食材と融合させる感覚を磨きました。
そして2014年の独立開業を機に、坂本さんもオリジナルな発想を邁進させます。京都の素材を中心に据えながら、イタリア料理の枠を自由に変換。そこに世界のさまざまな素材や風味を取り入れ、軽やかな世界を創作します。そうした他では食べられない料理を求め、チェンチには全国からお客が足を運ぶのです。
ここでは、坂本さんのインタビューを前後編で紹介します。前編の今回お伝えするのは、坂本さんが店を開くまでの足取りです。
坂本 健 さかもとけん
1975年生まれ、京都出身。大学在学中にイタリア料理の道を志す。卒業後、笹島保弘氏がシェフを務める「イル・パッパラルド」で修業を開始。2002年、笹島氏の「イル・ギオットーネ」独立開業に伴い同店へ。2005年オープンの「イル・ギオットーネ」東京・丸の内店が軌道に乗った後は京都店の料理長となり9年間務める。2014年「チェンチ」を独立開業する。
「イギリスで出会ったイタリア料理」が出発点
――坂本さんはどのようにして料理人をめざすようになったのですか?
うちは両親が教師で共働き。なので学校から帰宅してから晩ご飯までの自由時間に、小学校の頃から好きなものを作って食べることを楽しんでいました。
母が、働きながらもしっかりとした料理を作ってくれたのも大きいと思います。両親とも食を大事にする習慣があり、それは家の食事でも外食でも同じ。京都が地元なのですが、たとえばお墓参りの日は老舗料亭の「瓢亭」さんの名物である朝粥を家族で食べたり。おいしいものを積極的に皆で楽しむ家庭だったんです。
あと、両親は家に人を呼ぶのも好き。卒業した教え子たちが遊びに来ることがよくあり、そんな彼ら彼女らを手料理でもてなしていました。
だから僕も、高校や大学の時は家に遊びにきた友達に、見よう見まねでパスタを作ったりしていましたね。料理を食べる楽しさ、作って人に喜んでもらう楽しさを知っていたのが、飲食をめざすことにつながったのだと思います。
――では、あまり迷うことなく料理の仕事に入ったのですね。
いや、むしろ大学時代は自分の目標が見えないことに悩む時期が長かったですよ。学生にありがちなパターン(笑)。それで、「とりあえず海外に行ってみよう」と夏休みに旅行に行ったのがロンドンです。
楽しかったのですが、語学ができればもっと楽しいはずと思い、翌年には語学短期留学で再訪。その時仲良くしていた友人にイタリア人が多く、彼らは僕を部屋に招いてカルボナーラやペスカトーレをよく作ってくれたのですが、それがびっくりするくらいおいしかったんです。
僕はその頃、日本で普段は外食企業の居酒屋などでバイトをしていて、化学調味料全開の料理をあたりまえと思っていました(笑)。むしろ、おいしさを作るためにそれは欠かせない、と信じていたくらい。
でも、ロンドンで出会ったイタリア人の彼らはそうしたものをいっさい使わず、パルミジャーノやパンチェッタでおいしいものを作るし、魚介からだしをとる。「これだけで、こんなにおいしくできるんだ、なんて面白いんだ!」と出会ったのがイタリア料理でした。
――その後、イタリアには行きましたか?
はい、大学時代はその後も夏休みは毎年語学留学し、できた友人のところに泊めてもらいながらバックパックでヨーロッパを巡っていました。その時にイタリアに何度か訪れ、「やっぱりイタリアが一番おいしいな」と実感したんです。
ナポリでは400〜500円ではこんなにおいしいピッツァが食べられる! ローマでもすごくおいしい生ハムのサンドイッチが安く食べられる! イタリアってすごい! って感動しっぱなし。
そんな経験があってイタリア料理の料理人になろうと決めました。
――大学を出て、すぐにレストランで働いたのですか?
はい。周りは調理師学校で学んでから入っているので、僕はスタートから出遅れです。でもそれがいい方に作用しました。「出遅れているし、学生時代さんざん旅して自由にやったのだから、ここは腹を括ってがんばろう」と思えたのです。なので辛くはなかったですね。
あと入った店の「イル・パッパラルド」のシェフ、笹島保弘さんは、その時テレビの「料理の鉄人」に出て人気が急上昇。ものすごく忙しかったのも、僕にとってはよかったです(笹島氏は現在「イル・ギオットーネ」オーナーシェフ)。
皿洗いでも下準備や仕込みでも、とにかく次から次へとやらなくてはいけないぶん「もっと効率良くやるにはどうしたらいいか」を自分なりに工夫し、実行することが求められます。その結果、成長が日々感じられるようになる。やりがいがありました。
流行っている店は常に仕事があるので、自分の頑張り次第で頭角を現すことができるんですね。その点が、強いモチベーションになるんです。
時代を代表するシェフの右腕に
――坂本さんは笹島シェフのもとで約15年間働いています。
そうですね。笹島さんが清水寺近くに「イル・ギオットーネ」を独立開業する前から働かせていただいているので、長いです。
――その15年の間で笹島シェフは京野菜や京料理を取り入れたイタリア料理で新しい時代を拓き、多くのお客さまの支持を得てメディアでも活躍するようになりました。
はい、その勢いをともに過ごさせていただいた日々は、非常に貴重なものです。
坂本さんは笹島さんの元では9年間にわたって料理長を務めていました。その時の役割はどのようなものでしたか?
笹島さんは2005年に東京・丸の内に支店を出されたのを機に京都と東京の店を行き来するようになりました。その時、笹島さんが丸の内にいれば僕が京都の店で料理長をやり、シェフが京都に戻れば僕が丸の内で料理長を……という具合に交互に動いていました。
そのうち笹島さんが丸の内にいることが長くなったので、京都の店をまかせてもらえるように。「次はこんな料理、こんなコースで行こうと思います」というのを当時はファックスで(笑)シェフに伝えて、チェックを受けて店で出す流れでした。
笹島さんからアイデアが投げかけられることも、しばしばありました。それを僕が形にし、修正のやりとりをしながら一品を完成させることも多かったです。
笹島さんは京料理から発想を得ることも多く、「百合根まんじゅうを取り入れられる?」などのアイデアが伝えられる。そんな時は、まずは京都の割烹に正統派の百合根まんじゅうを食べに行き、「これをイタリアンに落とし込むには……」と考えるわけです。
この時も、すごく忙しかったです。コースは4種類あり、かつ料理は皆違う。しかもアラカルトもある。だから常にいろいろな料理を考えている状態。追い立てられるようでもありましたが(笑)、ものすごく鍛えられ、ものすごくいい経験をさせていただいたと思っています。
京都の素材を知るうちに独立を意識するように
――どんな点に苦労し、どんな点に楽しさがありましたか?
苦労した点は、同時に楽しい点でもあるのですが、いつもお客さまの反応や評価にさらされていることです。
「京料理、京野菜を取り入れたイノベーティブなイタリア料理」を楽しみにお客さまは来られるのですが、「これは和食に寄りすぎ」などの意見をダイレクトに言ってくださる。
じゃあどうするか? 香りや油脂の量、ゼラチンのコク、旨みの出し方などの内容を見直し、バランスを調整して、より納得していただける料理にブラッシュアップする。その過程が、本当に勉強になったのです。まかせてくださった笹島さん、厳しいお客さまの両方によって僕は育てられたと思っています。
――坂本さんは2014年に「チェンチ」をオープンしますが、独立開業への思いはずっと持っていたのでしょうか。
それが、最初は全然ありませんでした。本当に料理が好きで、ずっと作っていられればそれでいい、という仕事への挑み方だったので。
でも、笹島さんのもとで働いているうちに京都の生産者の方々と出会い、彼らと話をする中で、自分の料理の感覚は素材にもっと近いところにあると気がつきました。
和食とまではいえませんが、「イタリア料理」というカテゴリーに自分を収めるのが難しく感じられるようになったんですね。自分のフィルターはイタリア料理ではない、と。
「じゃあ自分のフィルターは何か?」と突き詰めて考えた時、「京都人なのでは?」と思うようになりました。子供の頃からずっと京都の料理を食べてきて、京都の料理屋さんの薄味になじんできた。薄味の中で感じられる素材のおいしさが、自分は好きなのだと思い出したのです。
そのおいしさを生かすバランスで旨みを加え、強い味を重ねすぎない中で調和させた料理を作りたい。このようにして自分の作りたい料理が見えてきて、独立を考えるようになりました。
――「チェンチ」という店名にはどのような由来がありますか?
大学時代にロンドンに語学留学した時、一番仲良くしていた友達がイタリア人で、彼が勤めていた古着屋さんの店名が「チェンチ」。そこからとりました。
このチェンチはフィレンツェ出身のご夫妻が営んでいたのですが、彼らの哲学が素晴らしかったのです。
「ファッションの世界では毎シーズン新しいデザインが登場し、だいたい1年で使い古され、翌年には新しいものが出てくる。でもチェンチで扱うデットストックの服、戦前の服は今も愛されているし、それどころか、新進のデザイナーだってデザインを学びにくる。
それくらい、古いものの中には繋いでいく必要のあるもの、意味を持つものがたくさんある。素敵なことでしょう?」
この考え方に当時非常に共感したことを、独立開業をする際に思い出したのです。
モダンな料理を勉強するのも大切だけれども、一番大事なのは昔からあるおいしさ、あるいは「おいしい組合せ」。味覚の基本が大事だと思うのです。
また、伝統的な調理法や、日本でいえば醤油や味噌といった昔からの発酵調味料を学び、未来につなぐことは料理人としてとても大切、とも思うようになっていました。これもチェンチのご夫妻の考えと重なります。
そういうことを考えた時、店名は「チェンチ」が一番しっくりくると思ったのです。
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チェンチ
京都府京都市左京区聖護院円頓美町44-7
075-708-5307
https://cenci-kyoto.com
撮影 轟あずさ