「ラス」は2012年に東京・青山にて、兼子大輔さんがオープンしたフランス料理のレストラン。店名の「ラス」は、フランス語で「第一人者」という意味を持つ言葉。自分の得意を分析して誰にも真似されない土俵を作り、そこで第一人者になるという兼子さんの姿勢を示しています。
ラスの最大の特徴は、9〜10品で構成するおまかせコースが、内容に対してグッとリーズナブルに価格設定(税込6600円。オープン当時は同5250円)されていることです。機器の活用とオペレーションの工夫を徹底してそれを実現しています。結果、お客さまは満足度の高い体験をし、スタッフは快適な環境で働ける。これが、兼子さんが一番自分らしく、自信を持って店を続けられるスタイルです。
兼子大輔 かねこだいすけ
1979年広島県生まれ。大阪の辻学園調理・製菓専門学校時代からアルバイトをしていた大阪「ラ・ベカス」に就職。バイト時代を含め6年勤務したのち、東京・三田「コート・ドール」を経て2006年に渡仏。09年に帰国し、「カラペティバトゥバ!」を長 雄一氏と立ち上げ、シェフに。12年に東京・青山でラスを独立開業。13年に青山内で移転、現在に至る。
自主的に、若い頃に汗をかいてほしい。ブラックに加担しないでほしい。一緒に、業界をよくしていきたい
※前編……専門学校生時代からアルバイトをしたベカスでの厳しい環境、技術のみならず人としての大切な姿勢を学んだコートドールでの体験などを経て、料理人としてのベースを築いた兼子さん。がむしゃらだった日々が、現在の、誰にも負けない独自の土俵のベースを作った。
アナログと最新技術での効率追求。両方が自分を作った
――兼子さんのおっしゃる「誰にも負けない独自の土俵」はどのようにできたのでしょうか?
この土俵は「時代性を備えながら、レベルの高い食事の時間をリーズナブルな価格で提供する。そのために効率化しながらも、レストランの肝である料理の味、心地よいサービスを保つ」というものだと思っています。
これが出来上がったのは、「ベカス」と「コートドール」での学び、そしてその後渡仏して働いたパリの「アラン・サンドランス」という店での体験が合わさってのことです。
ベカスもコートドールも、日本で最高峰のフランス料理レストランと呼ばれ、素晴らしい料理を作っています。そして厨房は、両店ともアナログ。料理人の五感で素材の状態と最適な調理を見きわめ、臨機応変に対応するからこそ、唯一無二の個性と味が生まれます。
そうした店で学んだので、僕も長らくアナログこそが自分のめざす道だと思っていました。パリでも、最初はその延長線上で、三つ星の「ランブロワジー」での修業を希望。でもその時、厨房が満員で働けなかったんです。それで、たまたま入ったのがアラン・サンドランスでした。
サンドランスは、ミシュランの三つ星を前年にあえて返上したタイミング。一晩に140人ものゲストを迎える規模で、研ぎ澄まされた頂点というわけではないけれど、充分にハイクオリティな料理を提供する店になっていました。そのためには、デジタルで管理された最新厨房機器の活用、スタッフのシフトや動線の面で相当工夫しなければなりません。そうして、質を保ちながら効率化を実現するのです。
この仕組みはアナログしか知らなかった僕にとって衝撃的で、しかも、とても共感できるものでした。と同時に自分がやりたいのは、アナログの質を保ちながら効率性も追求し、上質なものをリーズナブルにお客さまに楽しんでいただくスタイルなのでは、と気づいたのです。
料理の頂点の点をストイックに追求し、高価格で提供する高級業態もちろん素晴らしく、そうしたシェフの中には僕が尊敬する方々もたくさんいます。ただしレストランの世界は、「料理の極みをめざす」という一つの土俵しかないわけではない。僕は自分の得意を分析し、誰にも負けない土俵を作って、そこでの最上を目指したいと思ったのです。
――2012年にラスをオープンし、当時から大きな人気と話題を呼びました。それから11年経ちますが、コンセプトは変わりませんね。
変わらないですね。もちろん料理やサービス、レストランとしてのブラッシュアップは重ねています。
正直、ラスがオープンし、満席が続く様子を見て、同じ価格帯、似たスタイルの店も多く出てきました。でも、そうした店は結局価格を上げるか、なくなるかで続いていません。
ラスは、僕が自分の得意を考え抜いて、時代も読んで作り上げたスタイル。僕にとっての最適解。なので他の人が表面だけ真似しても、ラスに勝てるはずがないんです。
人と同じことをやっていたら、人と同じにしかなれない
――ではまさに、自分らしい店を作り、続けているということですね。
そうなのですが……言葉にすると簡単でも、この状態を獲得するまでは本当に大変ですよ。「自分らしく働く」に到達するって、そんなに甘くないです(笑)。
まず意識してほしいのは、いかに自分の勝てる土俵を見つけるか。ただ、もちろん、そんな土俵が見つからず、どこでも勝てないかもしれない。でもそれは、何かしら自分の武器を磨いてこなかったから。どこでも勝負できないでしょう。
だから若い人には、自分らしく働きたいなら人より圧倒的な頑張りが必要だということを覚えておいてほしいです。人と同じことやっていたら、人と同じにしかなりません。
――そのほかに、若い人に伝えたいことはありますか?
あと4つあります(笑)。今日は料理界をめざす20歳前後の人が読者ということで、伝えたいことをまとめてきたんです(笑)。
まずは「自主的に頑張ってほしい」ということ。さっき言った「圧倒的な頑張り」に関連しますが、今の若い人はよほど自主的に学ばないとその頑張りに到達しにくいと思っています。
正直、僕らの若い頃は「死ぬほど働け」という時代でした。25年近く前の話ですから。で、店の常識がそうだったので、必死でついていく中で技術も工夫も、精神的な強さも養われました。朝早くから夜遅くまでという長時間働くことで量をこなせたし、磨かれた技術も確実にあります。
でも今はそんな働き方はできません。すべきではないと僕は思っています。ただし、その働き方だけで自分が人より成長できるとも思わないでほしい。今も、自主的に自分を鍛えている若い人は、本当に猛烈にやっていますから。
どんなことをやっているかというと、たとえば家で勉強したり、実際に料理を作って人に見せ、食べてもらっているかもしれない。他の技術が学べる店でアルバイトしているかもしれない。YouTubeを見ながら料理の訓練をしているかも。ソムリエや語学の勉強もしているかもしれない。
将来自分らしく働きたいなら、そうした学びを自分に課すことは必須だと思います。
――その次に伝えたいのはどのようなことでしょう。
「努力」しているうちはダメ。「夢中」になれなきゃ、ということですね。
今日、このインタビューで僕は「頑張る」という言葉は使いましたが「努力」は使っていません。実際、僕は努力で頑張ってきたわけではありません。夢中になって好きになって、のめり込んで頑張ってきたのです。
努力は1週間はできるかもしれないけれど、好きじゃなければきつくて続けられません。ちゃんと続いている人は、夢中になっているんです。
――ベカスでの6年間は大変だったと言っていましたが……
大変でしたが、好きで夢中にもなっていましたね。
なので作業自体に楽しさを感じたり、小さくてもいいので成功体験を重ねたりで、夢中という感覚になれるようになってほしいと思います。
ブラックは絶対だめ。あと、20代の1時間と30代の1時間は価値が違う
――次に伝えたいのはどのようなことでしょう。
「ブラックに加担しないでほしい」ということです。
これは誰よりも、僕ら店で責任ある立場の人間が意識すべきことなのですが、まず前提として、僕らシェフは飲食店としてブラックな環境を作ってはいけません。
今、「人が足りない」ことがこの業界の大問題となっていますが、それは適正な残業代を払わない、長時間労働が前提で成り立っているというようなブラックな店があるから。こんなで、いい人材が働きたいとは思わないですよね? そういう店は、正直言って、過激な言い方かもしれませんが、潰れてほしいと僕は思っています。あるいは、改善してほしい。
だから、若い人はブラックな状況に加担してほしくないのです。今、若い人がブラックに加担すると、そうしたブラックな店を応援することになってしまうんです。
――「ブラックに加担する」「応援する」とは、どういうことでしょう?
働いている店の「法律を守っていない状況」を受け入れてしまう、ということです。
もちろん、若い人に「夢中になって無茶苦茶頑張ってほしい」とは思いますが、それはたとえば「残業代はいらないので仕事をさせてください」というのとは別。だからこそ、さっきも言いましたが、どこで工夫できるかを自分で探さなくてはいけないのです。
働いている店の「法律を守っていない状況」を受け入れてしまう、ということです。
もちろん、若い人に「夢中になって無茶苦茶頑張ってほしい」とは思いますが、それはたとえば「残業代はいらないので仕事をさせてください」というのとは別。だからこそ、さっきも言いましたが、どこで工夫できるかを自分で探さなくてはいけないのです。
また、今のままでは、将来的には、今よりますます働いてくれる若いスタッフが業界からいなくなるはずです。人材不足は加速してしまうでしょう。それはつまり、10年後15年後、みなさんが店を営む頃になったら、状況がさらにキツくなっているということです。
だから今、法律を守る店がきちんと潤う循環を作らなくてはいけないんです。つまり、ブラックな労働を前提に儲けを出している店には、消えてもらわなきゃいけないのです。そうしないと、この業界は先細りしてしまいます。
だから今、法律を守る店がきちんと潤う循環を作らなくてはいけないんです。つまり、ブラックな労働を前提に儲けを出している店には、消えてもらわなきゃいけないのです。そうしないと、この業界は先細りしてしまいます。
とはいえ、もちろんみなさんが就職したばかりの若者の立場で、「自分は残業しません。するなら、法律で決められた賃金以上の残業代を払ってください」なんて言えませんよね。それが現実かもしれません。
でも、頭の片隅に「ブラックには加担しない」ということは置いておいてほしい。
業界の悪い面を変えていくために、僕たちの世代は最大に頑張ります。その上でのお願いなのですが、みなさんの力も必要です。ぜひ仲間になっていただければ、と思っています。
――では、最後に伝えたいのは?
これは本当に強く言いたいのですが、「若い頃に頑張れ」です。
というのも、年齢が後ろになるほど、同じことを習得するのに時間がかかるからです。たとえばある技術を習得するのに20代では100時間でできたのが、30代では150時間かかる。40代になったら200時間かかる。そういうものです。今のみなさんの1時間は、30代の1時間とは価値が違います。
だから、「いかに早く汗をかくか」。大変かもしれないけど、今やっておいた方が絶対にのちのち楽です。しかも、若い頃は体力がありますからね。
なので、まとめると、ブラックなところに加担せずに、自分で何かしら頑張る。頭使って自主的に。そして、それに夢中になり、若いうちに他の人より圧倒的に汗をかいてほしい。
これが、僕が若い人たちに伝えたいことです。
それでも、料理業界は希望のある世界
――厳しいメッセージではありますが、説得力があります。
そうだと思います(笑)。
あ、でもその一方で、料理業界は素敵な業界だとも僕は思っています。それは、ちゃんと働き続ければ生活できるから。好きな料理に関わりながら、暮らしていける。そういう意味では、僕は報われる業界だと思っているんです。
もちろん三つ星シェフになりたい、自分だけの土俵で一番になりたいと思ったら、さっき言ったような圧倒的な頑張りや夢中になっての没頭は必要です。でも、投げ出さずにコツコツと働いていれば家族を養うことはできる。
たとえば同じ好きなことでも、ミュージシャンやアートの業界で、それだけで生活していける人はほんの一握りです。
でも料理業界は、ずっとレストランでなくても、宴会や結婚式場でも働けるし、給食センターなど大量調理の現場でも役に立つことができる。僕の周りでも、夜遅くまで仕事するのではない働き方が可能ということで、センターで働く人もいますよ。そしてそれはもちろん、優劣ではありません。多様なのです。
トップシェフになるだけが、この仕事じゃない。そういう意味では、希望のある仕事なのでは。そんなふうにも思っています。
L’AS ラス
東京都港区南青山4-16-3 南青山コトリビル 1F