日本三古泉のひとつ・有馬温泉に、兵庫県の旅館で唯一、ミシュラン一つ星を獲得する老舗温泉旅館があります。
日本の伝統的な宿泊文化を大切にしながら、時代に合わせて進化を続ける根底にある思いとは?
日本の伝統的な宿泊文化を大切にしながら、時代に合わせて進化を続ける根底にある思いとは?
今回は、有馬温泉の特異性とこれからの温泉旅館のあり方についてお話をうかがいました。
株式会社欽山
株式会社欽山
1929年創業の老舗高級温泉旅館。数寄屋造りの建築美、金泉・銀泉の希少な二つの温泉、京風創作懐石料理という差別化された価値提供で、最高峰のおもてなしを追求しています。
代表取締役 小山嘉昭氏
有馬温泉「欽山」4代目社長。コロナ禍を機にあえて客室数を減らし高付加価値化する大胆な戦略でV字回復を主導。完全週休2日制など働き方改革も積極的に推進中。
有馬温泉「欽山」4代目社長。コロナ禍を機にあえて客室数を減らし高付加価値化する大胆な戦略でV字回復を主導。完全週休2日制など働き方改革も積極的に推進中。
有馬温泉は「宿を目的にした温泉地」
有馬温泉は、大阪から約1時間、神戸から40分ほどと、非常にアクセスの良い温泉地です。多くの温泉地が近隣の観光名所を目的に選ばれるのに対し、有馬には大型の観光施設がほとんどありません。実際に訪れるお客様の約7割は京阪神エリアからの方で、目的は観光ではなく、旅館でゆっくり過ごすこと。そのためおのずと、旅館のサービスや設備、料理のレベルが問われることになり、その点が有馬の温泉旅館の大きな特徴だと考えています。
世界に類を見ない「奇跡の温泉」
有馬温泉のもう一つの大きな特徴は、その温泉そのものにあります。いわゆる「金泉」と呼ばれる赤褐色のお湯は、実は湧出時の温度が96〜98度と、沸点に近い高温です。有馬周辺には活火山が一切存在しないのに、なぜこれほど高温の温泉が湧き出すのか。この謎は長年、「世界の温泉学者での七不思議のひとつ」と呼ばれてきました。
近年の研究により、金泉の中には地球内部のマントル層にしか存在しない「ヘリウム3」という物質が含まれていることがわかってきました。約600万年前にフィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込む際、巻き込まれたごくわずかな海水が岩石化してマントル層で熱せられ、水蒸気となって上昇。それが長い時間を経て有馬高槻断層に到達し、わずかな割れ目から湧き出しているのです。
お客様を癒しているこの温泉は、かつて存在していた海水が、600万年以上という気の遠くなるような地球の時間を経て再び地表に現れたもの。こうした成り立ちを持つ温泉は「有馬型温泉」と呼ばれ、現在のところ世界でも有馬にしか存在しないと言われています。
お客様を癒しているこの温泉は、かつて存在していた海水が、600万年以上という気の遠くなるような地球の時間を経て再び地表に現れたもの。こうした成り立ちを持つ温泉は「有馬型温泉」と呼ばれ、現在のところ世界でも有馬にしか存在しないと言われています。
欽山のルーツ 料理から始まった、一流へのこだわり
料亭を起源とする欽山では、温泉旅館において今ほど食事が重視されていなかった時代から、一品ずつ、温かいものは温かいうちに、お部屋でお出しするというスタイルを大切にしてきました。神戸港が貿易で賑わっていた昭和初期には、港関係者や銀行関係者の宴会の場として利用されていた記録も残っており、当時から「観光の途中に立ち寄る宿」というよりも、「料理と時間を楽しむ場」として選ばれてきた歴史があります。
食材と真摯に向き合う料理は今も健在で、魚は一本買い、はじかみ一本も手作りするなど、和食の基本を丁寧に積み重ねたお料理を提供しています。手間を惜しまないその姿勢が、料理の品格を形づくっていると考えています。
旅館というのは、日本古来の伝統文化であるがゆえに、私たちはサービスも料理も設備も、「できる範囲でそこそこ」ではなく、「できる限り一流」を目指してきました。兵庫県の旅館・ホテルで唯一、ミシュランの一つ星※ をいただくことができたのも、特別な演出や流行を追い求めた結果ではなく、料理とおもてなしに真正面から向き合い続けてきた姿勢が評価されたものだと受け止めています。
※ミシュランガイド 京都・大阪・神戸 2011/ 京都・大阪・神戸・奈良 2012
※上記のガイドブックにて兵庫県の旅館として唯一
※上記のガイドブックにて兵庫県の旅館として唯一
誇りをもって働ける企業であるために
近年、旅館の定義がさまざま論じられていますが、そもそも私が考える「旅館」とは、温泉付きのホテルではありません。着物を着た仲居が一組のお客様に付き、夕食から朝食まで一貫してお世話をする。お客様と同じ時間を過ごし、同じ空間で向き合う。そうした日本古来の宿泊文化を体現する場所が、旅館だと思っています。
旅館にとって「人」は生命線です。欽山では「どれだけ売上を伸ばすか」よりも、「人が無理なく働き続けられるか」を最優先に考えてきました。近年は週休館2日制と、思い切った休館日を設定して、従業員の十分な休日を確保しています。働く人が、心身ともに健康で働ける環境があってこそ、旅館は成り立ちます。従業員一人一人が欽山で働くことを誇りに思えるような職場づくりを、今後も進めていきます。
「これからの旅館」をひとつずつ形に
コロナ禍に行ったリニューアルでは、客室数を40室から31室へと減らし、一部屋当たりの面積を広げることで、滞在そのものを楽しめる空間へとつくり替えました。室内のしつらえも、現代のライフスタイルに合う居心地のよさを意識し、客室入口やトイレの扉には非接触型の自動扉を設置するなど、衛生面への配慮も強化しています。
現在の客室単価はリニューアル前のおよそ二倍になり、利益を従業員の待遇改善や働く環境の充実へ還元できるようになりました。休館による経費削減効果も加わり、約30%の賃上げも達成しています。宿の高い評価を支えているのはハード面だけのことではなく、日々の現場で一人ひとりの従業員が丁寧に仕事と向き合ってくれているからこそ。ハード面とソフト面のバランスと融合、その積み重ねのひとつひとつが、「これからの旅館のあり方」につながっていると確信しています。
料理が好き、人と関わる仕事がしたい、日本の文化を大切にしたい。そんな想いがあるなら、旅館という仕事は、きっと想像以上に奥深く、面白い世界だと思います。
私たちはこれからも、人が集まり、人が育ち続ける旅館であり続けます。その一員として、未来を一緒につくっていける学生のみなさんと出会えることを、楽しみにしています。
