予約が取れない店には、理由があります。料理の完成度はもちろんですが、何度も足を運ぶお客様が口をそろえて語るのが「あの店の空気感がいい」という言葉。ではその空気感は、どのように生み出されているのでしょうか。
今回は、ミシュランガイドの一つ星を6年連続で獲得(※注釈)し、予約困難ながらもリピートのお客様が絶えない「串かつ あーぼん」のサービスに込められた思想と技術を通じて、一流店の接客の構造を読み解いていきます。
「あえて言わない」引き算のおもてなし
「あーぼん」には、一般的な飲食店とは大きく異なるコンセプトがあります。それは、提供する串の食材を、最初にお客様に伝えないというものです。理由はシンプルで、「先に言ってしまうと、その食材のイメージで食べることになってしまう」から。何も知らないフラットな状態で口にしたとき、人は純粋に味と向き合うことができます。その驚きや発見こそが、食体験の豊かさにつながると「あーぼん」では考えているのです。
もちろん、初めて訪れたお客様は戸惑うこともあります。そのため、スタッフはお客様の様子をよく観察しています。「これは何ですか?」と聞かれれば丁寧にお答えしますが、あえて「召し上がってからご説明します」と、考える時間を楽しんでいただくこともあります。
情報を渡さないことは、不親切ではなく、「お客様が料理に参加する余白」を意図的につくるということ。何を伝え、何をあえて伝えないか、その判断もまた、接客の技術のひとつです。
20席を個別管理する、観察力とチームワーク
「あーぼん」のカウンターは14席。テーブル席を含めると、最大20名の食事が同時に進行します。基本は「食べ終わるタイミングで次を出す」こと。ペースの早い方にはテンポよく、ゆっくりの方には間を置く。熱いものが苦手な方には少し早めに提供し、会話に集中されているときはあえて待つ。こうした細やかな調整が、心地よい空気をつくっています。
この対応を支えているのは、スタッフ一人ひとりの観察力と、チームでの情報共有です。常連のお客様については、好みや苦手、食事のペースといった情報が蓄積され、営業前に全員で共有されます。そして営業が始まると、「来てくださったお客様に喜んでもらうために、それぞれができることをやる」という共通の考え方のもと、全員が同じ方向を向いて動いていきます。
20席それぞれに異なる状況が同時に存在する中で、こうした対応を一人で担うことはできません。互いに補い合い、情報をつなぎながら場をつくっていく。その積み重ねが、「あーぼん」のサービスを支えています。
ふるまいで整える、店の空気
オープンキッチンやカウンタースタイルの飲食店では、調理の様子そのものが、お客様の目に触れる“体験”の一部になります。「あーぼん」も例外ではなく、串を揚げる所作、油を切るために串を回す動き、トッピングを施す手元、その一つひとつが、料理と同じ価値を持つサービスとして見られています。
だからこそ求められるのが、「何を見せるか」と同時に、「何を見せないか」という意識です。お客様の前でミスを叱責したり、焦りの表情を浮かべたりすることはしない。どれだけ忙しくても、カウンターの内側に立つ以上、その空気を表に出さないことが徹底されています。
「お客様がいる間は、笑顔で楽しそうに、一生懸命やる」その姿勢は単なる心がけではなく、店全体で共有されたルールです。自分の感情をコントロールすることは、空間としての完成度を保つための“覚悟”と言えるかもしれません。
平等がつくる、居心地の良さ
「あーぼん」には常連のお客様が多く訪れます。しかし、その関係性の中でも特に大切にされているのが、「対応に差をつくらない」という姿勢です。
長く通ってくださるお客様とは自然と会話が生まれますが、初めて来られたお客様が疎外感を感じてしまえば、その時点で店全体の体験の価値は損なわれてしまいます。だからこそ、初めての方にも、常連の方にも、同じように向き合う。そのフラットな空気感が、誰にとっても居心地の良い空間をつくる秘訣です。
特定の誰かではなく、その場にいるすべての人にとって心地よい状態を整えること。それこそが、「あーぼん」が大切にしている「平等」という名のおもてなしです。
まとめ
「あーぼん」が体現しているのは、「料理の価値は、料理だけで完結しない」という事実です。何を伝え、どこであえて黙るのか。誰のペースを読み、どのタイミングで関わるのか。カウンターという舞台で、どのように振る舞い、どのような空気を保つのか。その選択と振る舞いの一つひとつが、お客様の「また来たい」という感情につながっているのです。
調理を学ぶ皆さんがこれから現場に立つとき、包丁の技術と同じくらい重要になるのが、「人と場をつくる力」です。一流の料理人とは、最高の一品を仕上げる職人であると同時に、お客様が過ごす時間そのものを設計する存在でもあります。
観察し、記憶し、判断する。その積み重ねが、やがて自分なりの接客となり、店の価値となっていきます。その意識を、ぜひ学生のうちから持ち続けてみてください。
※注釈
ミシュランガイド京都·大阪·神戸 2011
ミシュランガイド京都·大阪·神戸·奈良2012
ミシュランガイド京都·大阪·神戸·奈良2013
ミシュランガイド関西2014、2015
ミシュランガイド兵庫2016
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