2011年から6年連続でミシュランガイドの一つ星(※注釈)を獲得し、海外からもお客様が訪れる串かつ店が、兵庫・芦屋にあります。
店の名は「串かつ あーぼん」。建築家・安藤忠雄氏が命名したとされるその店は、34年以上、同じ場所で暖簾を守り続けています。
大衆的なイメージの強い「串かつ」というジャンルでありながら、一度訪れたお客様が何度も足を運び、予約は数ヶ月先まで埋まる。その背景には、どのような仕事の積み重ねがあるのでしょうか。
本記事では、身近な「串かつ」という料理を“特別な体験”へと引き上げた、「あーぼん」の仕事に迫ります。
変わらない基準が、店の価値をつくる
あーぼんの店主・長谷川勤氏(現・会長)は、中学卒業後から料亭で修業を積んできました。40歳で独立を考えた際、たまたま紹介されたのが串かつ店の居抜き物件で、そこから新しい挑戦がはじまりました。
当時から、長谷川氏の仕事の根底にある考え方は、非常にシンプルなものでした。「いい食材を、いい職人が、いいように調理すれば美味しい」。安さや話題性に頼るのではなく、最高の食材を、最適な調理法で、最も良い状態でお客様に提供すること。その考えを、開店以来、愚直に積み重ねてきたといいます。
食材が変わり、季節が変わり、客の顔ぶれが変わっても、「今日の最高」を問い続ける。シンプルであっても、大切なことをとことん追求するその姿勢が、現在の「あーぼん」の礎になっています。
料理の価値を高める、選択の精度
あーぼんでは、油・パン粉・ソース・塩・そして串を割るための器具に至るまで、すべての選択に「なぜそれを用いるか」という理由があります。
油はオランダから直輸入したラードを使用。国産のラードは精製技術が高く、非常に清潔である反面、精製しすぎることで豚本来の旨味まで取り除いてしまいます。その旨味を衣と食材に乗せるため、あえて精製度の異なるオランダ産にこだわっています。
パン粉は、揚げ物に適したパンで作られたものを、専門店から仕入れています。糖度が高いと焦げやすく、揚げムラが生じるため、串かつ専用のパン粉を仕入れることで安定した色と食感を実現しています。
さらに粗さも重要で、あーぼんではあえて粗くせず、「サク」という食感になるよう調整。「ザク」の食感は最初の数本は心地よくても、10本を超えたあたりから食べ疲れを引き起こすことがあるからです。これは約20本というコースを前提に、最後まで美味しく召し上がっていただくための設計です。
串かつは「蒸し料理」 油を感じさせない“軽さの設計”
あーぼんの串かつは、「胃もたれする前にお腹がいっぱいになる」ことで知られています。その理由の一つが、「揚げ物は蒸し料理に近い」という発想です。衣に包まれた食材は、油の中で加熱されながらも内部では蒸されるように火が入り、最後にしっかりと油を切ることで、重さを感じさせず、風味だけが残る仕上がりになります。
この“油を残さない”ための工程にも、独自の工夫があります。揚げた後、串を回して遠心力で油を切るのですが、その際にネタが落ちないよう、串の先をあらかじめ二股に割っています。専用の器具も市販品では対応できず、店で手作りしたものを使用しています。一見シンプルな「油切り」という工程にも、仕上がりを左右する工夫が重ねられています。
さらに、油の扱いも徹底しています。一日二回の営業ごとに油をすべて新しいものに替え、大量の油に対して少量の食材を入れることで温度変化を抑えています。これにより火の通りにムラが出ず、軽やかな食感が保たれます。
揚げ物でありながら、油を感じさせない。その背景にあるのは、特別な技術だけではなく、「最後まで美味しく食べられる状態とは何か」を考え続ける姿勢です。その積み重ねが、一串の軽やかを生み出しています。
最後まで美味しく食べていただくための“体験設計”
あーぼんのコースは約20本、「最後まで美味しく食べ切れること」を前提に組み立てられています。肉のあとに野菜を挟むなど、味や食感のバランスを整えるだけでなく、“茶色い料理”になりがちな串かつに、トッピングを施して印象を変えるなど、食べる楽しさが続くよう工夫されています。
食材の選び方やサイズにも明確な意図があります。牛肉やホタテのようにボリューム自体が満足感につながるものはしっかりとした大きさで。一方、そら豆や銀杏のような食材は、小さくまとめることで素材の良さを引き立たせています。
そして、コースを成立させているもう一つの要素が、提供の“テンポ”。あーぼんでは「食べ終わるタイミングで次を出す」ことを徹底していて、お客様ごとにペースを見ながら提供のリズムを調整しています。一串の完成度を追うだけでなく、流れ、見せ方、提供のタイミングまで含めて整えていく。あーぼんがつくっているのは料理そのものではなく、「最後まで心地よく食べられる体験」だといえます。
まとめ
あーぼんの串かつは、食材の選び方や火入れ、油の扱い、提供のテンポに至るまで、すべてが意図を持って設計されています。しかし、その仕上がりを最終的に左右するのは、職人の感覚です。油の中で変化する音や泡、わずかな状態の違いを手がかりに、「今が最も良い」と判断する技術は、数値化することも、教えることも難しい領域です。
同じ食材、同じ工程であっても、人が変われば仕上がりは異なります。どちらが正しいというよりも、それぞれが自分の感覚で導き出した「最適な状態」があり、その違いがそのまま料理人としての個性になります。
日々の仕事の中で食材と向き合い、自分で考え、試し、確かめること。その積み重ねによって、自分なりの判断基準は形づくられていきます。あーぼんの仕事からは、技術だけでなく、「考え続けること」の重要性を学ぶことができます。
※注釈
※注釈
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