TVer(民報方式テレビ配信サービス)やNHKプラスなど、今や放送局の見逃し配信は当たり前になりました。さらに最近ではリアルタイム視聴も可能な番組も登場しています。このようなことができるのは、IP技術を活用しているからできること。IP化が進むテレビ局ですが、その一方で、IP技術に知見のあるエンジニアがテレビ局にはいないという現状があります。そこで今回は、テレビ局がIP化を進める理由とネットワークエンジニアが求められている背景について解説します。
キャリアマップ編集部 文/ITライター 関洋子
テレビの視聴時間は年々、減少している
総務省情報通信政策研究所の調査によると、2021年に初めて、全年代において、平日の「インターネット利用」の平均利用時間(以下平均)が「テレビ(リアルタイム)視聴」の平均を上回りました。その傾向は続いており、22年度の調査でも2年連続、平日の「インターネット利用」の平均が、「テレビ(リアルタイム)視聴」の平均を超過したと報告されています。
出典:令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査 報告書(2022年8月総務省情報通信政策研究所)
テレビの視聴者が減少している背景には、ネット動画の視聴が拡大していることが挙げられます。実は先の「インターネット利用」の時間は、「メールを読む・書く」「ブログやウェブサイトを見る・書く」「動画投稿・共有サービスを見る」「VODを見る」「オンラインゲーム・ソーシャルゲームをする」「ネット通話を使う」の項目で構成されているのですが、10代、20代の人たちが費やしている時間が多いのが「動画投稿・共有サービスを見る」です。既に身近なところで実感されているかもしれませんが、YouTubeなど、インターネットに投稿されている動画(ネット動画)を好んで見る人が増えているのです。もちろん、理由はそれだけではありません。動画の視聴環境が大きく変わったことも要因として挙げられます。
これまでネット動画を見る手段として使われていたのが、パソコンやスマートフォン(以下、スマホ)、もしくはタブレット端末でした。しかし昨今はテレビでもネット動画を楽しむ人が増えています。マクロミルの「2021年 テレビ利用動向調査(調査期間は21年11月)」によるとネット接続されているテレビはすでに4割を超えており、「Amazonプライム・ビデオ」「Netflix」「Hulu」などのVoDサービスの視聴者が多いと報告されています。
テレビを取り巻く環境の変化はこれだけに留まりません。もう一つの大きな流れが、放送システムのIP化です。例えば、昨年よりNHKプラスやTVerで一部番組のリアルタイム配信をスタートさせました。これも放送システムのIP化の一つの現れと言えます。
地上放送(テレビ)のIP化が日本でなぜ遅れたのか
これまでの放送システムは、SDI(Serial Digital Interface)という通信規格を用いた同軸ケーブルで映像を伝送してきました。ですが、4Kが登場したことで、注目を集めているのが、IP伝送です。4K映像は12Gbpsで伝送する必要がありますが、SDIでは3Gbpsでの伝送が限界でした。つまり3GbpsのSDIの場合、4本のケーブルを束ねる必要があります。ですが、同軸ケーブルは1本でもかなりの太さと重量があり、それが4本となると取り扱うのも大変です。システム構築後の変更の困難さや拡張性の低さなども課題でした。
一方、IP化するとケーブルは1本で済むことになります。IP化するメリットはそれだけではありません。従来のような専用機器でなくても、汎用的なネットワーク機器を用意すれば、映像配信が可能になります。つまり、コスト削減が可能になるのです。そのほかにも、長距離・大容量の伝送がしやすい、制作から配信までがシームレスにつながるなどのメリットもあります。
このようなメリットが得られるため、海外では放送システムのIP化は進みました。一方、日本では放送システムのIP化は進みませんでした。進まなかった理由の一つは当時のネットワーク装置の主力は10GBASE-T。4Kの非圧縮映像を伝送するには圧縮する必要があったからです。もう一つが15年にこれまで3Gbpsが限界と言われていたSDIが、12Gbps伝送可能な12G-SDIをリリースしたことです。日本の放送局の多くは、IPという新しい技術を採用するより、慣れ親しんだ技術であるSDIを採用し、4K放送の実用化を目指しました。これにより世界では進んでいる放送システムのIP化が遅れたのです。
放送システムのIP化はこれからが本番
コロナ禍でテレビ局においてもリモートワークが導入されたこと、放送システムのIP化ソリューションが普及してきたこともあり、IP化は徐々に進みつつあります。例えば、奈良テレビは19年4月1日より中継車とスタジオサブシステムをフルIP化し、運用を開始しています。もちろん、そのほかにもさまざまな放送局がIP化のためのソリューションを導入し、DXに取り組んでいます。
ですが、放送システムのIP化には課題もあります。その一つが、ネットワークエンジニアの不足です。テレビ局を志望する人のほとんどは、ディレクターやプロデューサー、アナウンサー、記者、カメラマン、音声など、番組制作の志望者が多いというのが背景にあります。
もちろん、テレビ局といっても一般企業同様に、経理や人事、総務などの管理系の仕事のほか、IT部門もあります。ですが、放送局のIT部門を目指して就職する人は少ないのが現状です。しかも業界全体でエンジニア不足が叫ばれている今、放送局がエンジニアを獲得するのは容易ではありません。
放送システムのIP化を本格的に進めていくためには、テレビ局でネットワークエンジニアの存在は欠かせません。大容量の通信を、遅延なく届けるIPネットワークの構築だけなく、制作から配信までをシームレスにIPでつなぐシステムを開発する、このような場面でネットワークエンジニアの活躍に期待が高まっています。
またもう一つのIP化による課題として挙げられるのが、セキュリティ対策の強化です。番組の制作や配信までをIPでつなぐとなると、公共のネットワークであるインターネットと接する機会が増えるため、セキュリティ上のリスクが高まります。どのようにセキュリティリスクから放送を守るか、最適なセキュリティ対策を検討していく必要もあります。これもテレビ局で働くネットワークエンジニア、もしくはセキュリティエンジニアの役割と言えます。
ネットワークという技術を駆使して番組づくりを支援する
日本でのテレビ局のIP化はこれからが本番です。テレビ局のIP化とはいえ、求められているのは一般的なIPに関する知識であり、特別な知識が求められるわけではありません。もちろん、IP化は目的ではなく手段なので、あくまでもテレビ局が目指しているのは、視聴者が喜ぶ番組を提供すること。そのため、テレビ局でネットワークエンジニアとして働くとすると、番組づくりに関心があることやそのテレビ局が好きという気持ちは必要でしょう。そういう気持ちがあり、テレビ局のDXに携わりたいという方は、ぜひ一度、テレビ局の採用情報をチェックしてみてはいかがでしょう。