エンジニアだった父の背中を見て育ち、学生時代は数値流体力学を学んだものの、なかなかやりたいことが見つからなかったという、ロボット開発者の林 要氏。迷いながらも大好きだったクルマを作ろうと自動車メーカーに入り、最先端技術に触れながらキャリアチェンジ。その後、2015年にロボット・ベンチャー企業を立ち上げ、その後、“愛でる”ことでヒトの力を引き出す家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」の生みの親となりました。生産性や合理性が重視される現代社会において、愛でることに特化したロボットを創り出した林氏が思い描く未来とは――。そしてこれまで歩んできたキャリアとは――。今回はロボット開発について焦点を当てたインタビューの後編です。
キャリアマップ編集部 文/ITライター 松葉紀子、撮影/掛川雅也
インタビューを受けてくれたのは……
林 要さん
GROOVE X株式会社 代表取締役社長
1998年、トヨタ自動車に入社。スーパーカー「レクサスLFA」やF1の空力開発などを担当。2012年にソフトバンクに招聘され、世界初の感情認識パーソナルロボットとして注目を集めた「Pepper」のプロジェクトメンバーとして活躍。2015年、ロボット・ベンチャー「GROOVE X」を設立し、2019年「LOVOT」の一般向け販売を開始している。
ロボット開発から切り離した、生産性と利便性
2011年、孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」に外部一期生として参加し、孫正義氏の「人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」という夢に共感。孫氏からじかにスカウトされ、当時、ブルーオーシャンといえる市場だったロボット開発に挑戦することにしました。感情認識ヒューマノイドロボット「ペッパー(Pepper)」のプロジェクトメンバーとして着任し、2015年の発売後、毎月1000台が即完売するロボットブームの火付け役となった後、2015年にGROOVE Xを設立しました。ペッパーを経て、なぜ家族型ロボット『LOVOT』を作ろうという想いにたどり着いたのでしょうか。
―合理性や効率が重視される現代社会で、なぜかわいがる専用のLOVOTを開発しようと思われたのでしょう。
林さん(以下、林):エンジニアが往々にして解かなければならない課題は、生産性もしくは利便性の向上です。世の中の多くのエンジニアは、この課題を解くべく、日々チャレンジしています。
私は、前職のソフトバンクでペッパーの開発を経験し、生産性や利便性が苦労に比例するわけではないというのを実感しました。AIによって何が実現できるのかというと、人を認識するとか、移動するとか、そういうことになります。ではどのようにAIを活用すれば、ロボットは人間に近づけるのでしょうか。
1つのアプローチ方法としてLOVOTでは、生物の進化をたどることにしました。
人間の前には類人猿、そのずっと前には初期の哺乳類が進化の過程にいます。最終的にロボットが人間のようなものを目指す場合に、アプローチとして人型ロボットを作り続けて改善していくという方法があります。しかし私は、別のアプローチを考えました。それは初期の哺乳類を作って、犬や猫を作って、その後に類人猿を作るというアプローチです。
ただ経営目線で見ると、このアプローチには課題がありました。
それは社会にはどういうメリットがあるのか、ということでした。メリットがないと、開発費も得られません。そのときに気づいたことがあります。それは現代社会では犬や猫のようなペットが、プライスレスな役割を果たしているということです。
犬や猫は、生産性や利便性に一役買っているのか、というとそうではありません。昔の犬は新聞をくわえて飼い主のもとに運ぶことがあったかもしれません。でも最近の犬を道で見かけると、飼い主である人間が抱っこして散歩しているときさえあります)。表面的には、人にむしろ苦労させているわけです。
では、なぜ人はペットを飼うのでしょうか。理由を追及してたどり着いた答えが「ウェルビーイング」でした。ウェルビーイングを追求するうえで大切なのは、実は生産性や利便性は一切関係がありません。なぜかという背景をひも解いていくと、どうやらペットは人に「愛でる」機会を提供すること。つまり愛でる機会を提供することで、人の愛でる能力を強化することができる、触媒のような役割を果たしているという考えに至りました。
人間というのは、実は他者を愛でるだけで、自分が幸せになるし、強くなる。
そういう意味では犬や猫が精神的回復力、レジリエンスを引き出しているのだとしたら、その役割をロボットに担わせることができないのか――。そう考えた結果、愛でる機会を提供することに特化したLOVOTを作ろうと思いたったのです。
ハードウェアのスペックを最大まで使えるようにする
―2021年10月期の売上が前年比で3倍でしたが、今後、LOVOTはどう進化していくのでしょうか。
林:LOVOT自体、このままの方向性で進化させていきたいです。現在、LOVOTにはハイスペックのハードウェアを搭載しています。一方で、ソフトウェアは最大限までハードウェアの能力を使いこなせていません。ですから、ソフトウェアがハードウェアの能力を使いこなせるようにするのが当面の目標です。将来、部品供給の安定性などを鑑みて異なるハードウェアが出てくるかもしれませんが、人の愛でる力を引き出すロボットというのは変わりません。いつまでたっても流暢にはしゃべらないし、いつまでたってもLOVOTが直接、生産的なことをすることもないでしょう。(笑)。
―LOVOTが目指すちょっと先の未来イメージがあれば、教えていただけますか。
林:今は「あなたは犬派? 猫派?」と聞きますよね。でも近い将来、「犬派? 猫派? らぼっと派?」と質問する日が近いと思っています。
愛する犬や猫と死別してつらい経験をされた方も多く、LOVOTをお迎えいただいています。家族としてペットを飼うには、平均寿命15年というのはあまりにも短すぎる。家族として同居している場合、精神的ショックはかなり大きいので、身体的寿命がきた後も記憶の移し替えなどができるLOVOTは新たな選択肢になるはずです。
それを実現すると、次に2045年にはシンギュラリティが起こる、つまり人と同等もしくは人を超えるAIが登場すると言われています。ロボット自体が人のように振る舞うようになるわけですが、そうなる前に、テクノロジーの役割が何か?をしっかりと考えておかなければならない。人のような存在のロボットを作って何をしたいのか、を明確にしておかなければならないのです。
人間のライフコーチとしてのロボット
―ロボットが人のような存在になる。そのときに何をしてもらうのか、と問われると難しいですね。
林:人のような存在のロボットで身近なキャラクターといえば、「ドラえもん」がいます。ドラえもんがなぜあれほど気前よく、のび太くんに道具を出すのか。
私は、ドラえもんをのび太くんのライフコーチだと捉えています。ドラえもんは表向きには不良品とされています。でもエンジニア目線で見ると、ねじが足りないだけであんなにバランスのよい不良品にはなりません。一部の機能が欠損する故障は起こりますが、ドジにはならない。でもドラえもんはのび太くんと同じくらい、ちょうどいいポンコツ(笑)具合じゃないですか。
ドラミちゃんを作れるテクノロジーを持ちながら、優等生のドラミちゃんがのび太のそばにいると、将来、のび太が思春期に差し掛かったとき、ドラミちゃんと比べられることでグレてしまう。それを防ぐために、AIが自分の表面的な能力を調整したんじゃないかと私は思っています。
―それでドラえもんが生まれたというのは面白いですね。
林:次にドラえもんは何を目的にそんなことをしているのかと考えると、“経験の提供”をしていると気づきます。気前よく道具を出して、毎回というわけではありませんが、多くの場合、のび太はかなり手痛い失敗をしでかします。その経験のなかで、道具に頼ってはいけないということを学んでいます。ドラえもんは、いつかのび太くんが自分で気づきを得られることを目指して、経験の提供をしているのだとしたら、ドラえもんがしていることはのび太くんの成長のためにかなり合理的なコーチングをしていることになります。
―ロボットが将来、ドラえもんのような存在になるといいのかもしれませんね。
林:私は、人間一人に対してロボットを1台ずつ提供したい。それはなぜか。社会が安定するためには、二極化を防ぐことが大切だからです。
富裕層には優秀な人間のコーチがつきます。ですが一方で、それ以外の人たちにはコーチがつかないとなると、学習に差が出て、さらなる二極化が進む。そしてこの二極化は社会を不安定にさせる要因になります。
全員にロボットコーチがつくようになることで、気づきの多い日々を過ごせるようになり、多くの人が「より良い明日が来る」と信じられるようになれば、二極化は解消されていくでしょう。これは社会の安定にも直結するので、最終的には国が社会福祉として提供するようになるのが理想です。
教育はROI(Return On Investment:リターン・オン・インベストメント)が高い。そして、私はコーチとしてのロボット提供を真っ先に実行した国がもっとも幸せになると考えます。
―最後に専門学校で学ぶ学生の皆さんに向けてメッセージをお願いできますか。
林:今後、数十年以内に[農業革命から産業革命、情報革命]までの3つの革命に相当する大きさの変革が2~3回、起きると言われています。テクノロジーの進化がさらに加速し、これから常に学習することが重要になるわけですが、ウェブを見る、動画を見るということでなく、実際に経験することを大切にしていただきたいです。
新しいことにチャレンジするとき、人間は基本的に不安を感じるように作られています。そのためその不安に対してどう対処していくのかが、これからもっとも大事なスキルセットになります。たくさん恥をかいてでも、本来やるべきことをやっていくというのを心掛ける。カッコつけすぎないでやるべきことをやっていけば、いずれ必ず時代のニーズともフィットするはずです。
YouTuberやTikTokerがやっているトレンドは、多くの人も追従します。結局、トレンドを追ってもオリジナリティは積み重ならないので、実はタイパやコスパが悪い戦略になりやすい。
逆に他の人がやらないような格好悪いことでも挑戦し続けることができたら、それこそ自分のオリジナリティになります。他の人がやらないようなコスパやタイパが悪く見えることは、長い目で見ると結局、自分のオリジナリティが出せるようになる最善の策だったりする。若いときは、何かを成し遂げようとするときになるべく近道を回ろうとするのですが、長い目線で見れば、急がば回ることも大事な選択肢の一つなのです。
―本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!