この連載では、新しい視点で自分らしい働き方をする若手シェフにインタビュー。どうやって自分らしさを見つけたか? どうやって今、自分らしく働いているか? シェフたちの道のりや、現在の仕事について聞きます。
vol.15 シュヴァル・ドゥ・ヒョータン 川副 藍(後編)
食への意識が徐々に変わり、リニューアルに行きついた
「シュヴァル・ドゥ・ヒョータン」は2012年に東京・池袋にて、川副藍さんが夫の貴央さんとオープンしたフランス料理のレストランです。大ターミナルである池袋駅から徒歩5〜6分という便利な土地ながら、立教大学や東京芸術劇場が近い文化が薫るエリア。そんな場所にある閑静な住宅街の一角に立地します。
シュヴァル・ドゥ・ヒョータンは2022年でオープン10周年を迎えました。川副さんはその間、店を徐々にステップアップ。2022年の8月にはコンセプト、料理内容、コース価格、内装の大きなリニューアルを敢行しました。
2回でお届けするインタビューの前回では、川副さんが28歳の時にプロの料理人をめざし、店をオープンするまでを紹介。今回は、開業から今に至るまでの足跡をお伝えします。
プロフィール 川副藍 かわぞえ あい
大学卒業後、金融系の会社に勤務。働きながら、カジュアルからフォーマルまで幅広いレストランでの食事に情熱を傾ける。退職後「ル・コルドンブルー東京校」で学び、在学中にプロの料理人になると決意。卒業後「ランスヤナギダテ」に就職し、その後「ラール・エ・ラ・マニエール」、コンラッド東京「ゴードン・ラムゼイ」で経験を重ねる。2012年、夫の貴央氏とともに「シュヴァル ドゥ ヒョータン」を開業する。
料理が作業になってしまわないように
――2012年に開業し、お店が軌道に乗ったと感じられるようになったのはいつ頃でしょうか?
2年目までは暇でしたが、3年目くらいから徐々にリピーターのお客さまもついてくださるように。4年目からはずっと忙しくしてきました。そこから必死な日々です。
店をオープンした皆さんそうだと思いますが、人生のすべてがこの店。昨日より1㎜でもおいしく、1㎜でも喜んでいただけるにはどうしたらいいかいつも考えていましたね。
もちろん空回りすることもあります。でも、気持ちは伝わるのかな、という手ごたえはありました。やはりお客さまのお顔を見ていたら、本当に喜んでくださっているかわかりますよね? そうしたお客さまの反応を励みに料理を作り続けてきました。
――オープンから10年目、2022年にお店をリニューアルし、川副さんの故郷である千葉県いすみ市の食材にフォーカスするスタイルになさいました。また席数も半分の12席に絞り、お店で提供するお料理は昼夜とも1万5000円のコース一本のみに。このリニューアルに至る経緯を教えてください。
いくつかの要因が重なってリニューアルにつながりました。
ありがたいことにお客さまが絶えず、店舗やスタッフが増える中で、時として料理が作業になり、一人一人のお客さまに向き合えていないと感じることも出てきてしまったのです。それで、一度リセットする必要があると思うようになりました。
もう一つの大きな理由は、故郷のいすみ市の食材に魅せられたことです。前々からいすみの食材は使っていましたが、農業、畜産、酪農、漁業など幅広いジャンルで意識の高い生産者さんがいらして、贔屓目なしにおいしい食材が多いと感じていました。こうした生産者さんとつながりが増える中で、これらの食材をお客さまに知って楽しんでいただきたいとより強く思うようになったのです。
ただ、皆さん小規模な生産者さんなので、この店で使うことができる食材の量は限られます。そこで席数を約半分の12席に絞りました。また、そうした生産者の方々はとてもていねいに数を絞って素材を作られているので、素材の価格が高いという側面もあります。そのため、コースの価格も思いきって1万5000円にアップ。大きな挑戦ですが、集中力を高め、時間もかけて料理に取り組むことができるこのスタイルを続けていこうと思っています。
あとリニューアルに踏み切った理由としては、ちょうどオープンから10年が経ったこともあります。その前年にいすみ市から、この土地の魅力を発信する「いすみ大使」に任命されたのも、きっかけですね。
本当にぜいたくな食とは?
――いすみの生産者の方々とのつながりを深めるようになった背景として、川副さんご自身の意識にどのような変化があったのでしょうか。
この仕事に長く携わる中で「本当にぜいたくな食って何だろう?」という疑問を持つようになっていました。効率が悪くても自然栽培や有機栽培に向き合っている生産者さんの作る野菜の、体になじむような清々しいおいしさを知ると、口にわかりやすいインパクトのある“人為的に作られた野菜”に魅力を感じなくなってしまうんですね。
酪農家さんで、配合飼料はいっさい使わず、ご自分の牧草地の草のみで育てる方にも出会いました。そういう、自然の摂理に溶け込むように生きる皆さんに後押しされたことが大きいです。
それに、この店は超高級店ではないし、スターシェフの店でもありません。なのでわざわざここで、遠くヨーロッパから輸送費をかけて運ばれてきたフォワグラなどを出す意味ってあるのかな? だったら自分が畑や海に行って直接売っていただいたものを出したい。本来のぜいたくな食はこっちだな、と思うようになりました。
また、以前はいすみには年に2〜3回帰るのがやっとでしたが、今は週に2日はいるようにしています。そうなると毎週、季節が流れる実感できるのです。風のにおい、海の色、光の具合、虫や鳥の変化……これらを身をもって感じることができるのもぜいたくですよね。そういった季節感も料理に表現したいと思っています。
男女の差より、人それぞれの性格の差
――話題がガラリを変わりますが、川副さんは修業時代も含め、レストラン業界で働いていてご自分が女性であることを意識したことはありますか?
実は私は、「女性だから」と思ったことがないんです。最近そうした質問をよくいただくのですが、それで「あ、そういう視点もあるのだな」とようやく気づいたくらいです。
かなりラッキーだったという面もあります。自分は体力があり、また子供がいなく、家のことを夫にまかせることも多いので、エネルギーをほぼ仕事に向けることができています。
もちろん子供のいる人生も、すばらしいものだと思います。実際この店にもお子さんが2人いる女性スタッフがいて、2回産休をとって仕事を続けてもらっています。そうした人も働きやすい環境を作ることには、気を配っていますね。
女性だからといっても私のように力の強い人もいるし、繊細な感性の男性もいるので、男女というより、その人ごとの特性の方が、その人を形作る要素としては大きいのでは。私は血液型での性格分けを信じないのですが(笑)、男女の差もそれくらいなものなのかな、と思います。血液型を重視する人は、人々の性格を血液型に当てはめようとしますが、男女の差を重視する人も男女のイメージに人をあてはめようとしているのでは? それってどうなんだろう……という感覚でいます。
――今の若い人、専門学校で学んでいる人に、特に大切にしてほしいことは何ですか?
私たちの仕事は、シンプルです。複雑な数字を扱うわけでも、難しい交渉をするわけでもありません。だから劣っているということでは全然なく、おいしい料理をサービスし、喜んでいただくところに価値と特徴があるのだと思います。
そして人間が感じる「おいしい」の振り幅は、意外と大きくてよいと思っています。「苦い」も「酸っぱい」もおいしさになるし、お母さんの料理が毎日微妙にぶれるのもおいしさです。
なので、常に、家族や大切な人に食べてもらいたいという気持ちを忘れずにいれば、大きくは間違わないはず。逆に言うと、その気持ちがなければやっていくのは難しいですね。
あとは客観的に自分を見ることも大事です。オーナーシェフになりたいのか、経営者が別にいるシェフになりたいのかなど自分の向き不向きを知れば、自分の足りないところを補う仕事のパートナーを見つける、という行動ができます。
ただしやっぱり、好きという気持ちが一番ですね。なんとなく調理師学校に入学したというのでもいいと思います、学ぶうちに好きになっていけば。でも、料理やレストランという仕事に情熱を感じないのであれば時間の無駄だし、食べる人にも失礼です。見極めが大事だと思います。
こんなシンプルに人を喜ばせる仕事は、なかなかありません。それを少しでも好きだな、いいなと思えるのであれば、絶対に向いていると思います。その気持ちを忘れないでいてほしいです。
シュヴァル・ドゥ・ヒョータン
豊島区西池袋3-5-7 ウィルコート1F
03-5953-3430
撮影 小沼祐介