櫻井工業の360年
寛永15年(1638年)、大工として創業したことから、当社の歴史は始まりました。当時の記録には、岸和田城の築城に携わったことも記されています。昭和22年に、株式会社として法人改組。江戸、明治、大正、昭和、平成、そして令和と、360年以上にわたり、地域でさまざまな建物を作ってきました。
一般家屋はもちろん、古くは宮大工として京都御所の修繕や寺社仏閣の造営などにも携わってきました。また、岸和田の名物でもあるだんじりが、専門業者ができる以前にだんじり製作を行ったこともあります。 また、聖徳太子をお祀りする大工の集まり「岸和田太子講」のなかでも、現在も建築業として営業している唯一の講員として活動を行っています。
櫻井工業が携わってきた建物の移り変わり
江戸時代からしばらくは、宮大工と地域密着の大工を兼ねて営業を行っていました。明治、大正になると、近辺は紡績業が活性化していきます。地場産業や繊維工場などを多く手掛け てきました。戦後の高度成長期になると公共工事が頻繁に行われ、当社も学校建設など多くの官公庁工事に携わることになります。バブルがはじけてからは住宅が増え、現在では件数はリフォームが多くなってきました。
住宅の仕様においては、昭和〜平成・令和と家族や生活の形式が変わり、住居に求められる ものが大きく変わりました。以前は二間続きのお座敷や、応接間が住宅には必須でした。結納文化やお客様を盛大に迎えるという風習の衰退、また核家族化が進んだことからも、コンパクトでより無駄を省いたシンプルな仕様へと変化してきました。
これからの建築と古民家再生
今までは古い建物は解体し、新築を建てることが主流でしたが、これからの建築は「資源活用」に比重が大きくなると思われます。当社でもヘリテージマネージャーとして、歴史的建造物の保全活用に積極的に取り組んでいきたいと考えています。
その一環として、古民家再生への取り組みがあります。古民家には、当時の生活がうかがえ、また建築の歴史としても、文化財として価値が認められています。しかしながら再生・維持 にコストがかかるため、空き家や取り壊しを行うことも少なくありません。ですが、建物を 修繕してそれを新たに活用することで、文化財を保存することができます。例えば、当社が 以前ヘリテージマネージャーとして手掛けた貝塚市の長屋は、飲食店へと生まれ変わりました。
このように、当社では、古い建物にある懐かしさや落ち着き、愛着をそのまま現代から 未来へとつないでいけるよう、資源を活かして持続可能にすることを大切に考えています。
このように、当社では、古い建物にある懐かしさや落ち着き、愛着をそのまま現代から 未来へとつないでいけるよう、資源を活かして持続可能にすることを大切に考えています。
