この連載では、新しい視点で自分らしい働き方をする若手シェフにインタビュー。どうやって自分らしさを見つけたか? どうやって今、自分らしく働いているか? シェフたちの道のりや、現在の仕事について聞きます。
vol.12 オード 生井祐介(前編)
最短距離だけではない。学びの多い「失敗できる期間」も必要
「オード」は2017年に東京・広尾にオープンしたフランス料理のレストラン。オーナーシェフの生井祐介さんによるスタイリッシュ、かつ芯の通ったおいしさを持つコース料理が人気を呼んでいます。料理と呼応するモダンな空間も含めた、総合的な心地よさも魅力です。
生井さんは音楽活動を経て、25歳の頃から料理の道に入ったというやや異色の経歴の持ち主です。一般的な料理修業より遅いスタートでしたが、目の前の壁を一つずつ着実にクリアして前進。今は自分の店で国内外から高い評価を得るに至っています。
そんな生井さんのインタビューを2回にわたってお届けします。初回の今回は、どのように料理の世界に入り、修業時代を過ごしたかについてのお話です。
生井祐介 なまいゆうすけ
1975年東京都生まれ。バンドでの音楽活動の後、都内のレストランで働きはじめる。植木将仁氏がオーナーシェフを務める「レストランJ」(東京・表参道)で修業し、その後植木氏の軽井沢移転に同行。のちに「ウルー」(軽井沢)でシェフを務める。2012年に東京に戻り「シック・プッテートル」のシェフに。2017年に独立し「オード」をオープン。ミシュランガイド2019年度版より一ツ星。2020年より「アジアのベストレストラン50」にランクインし、2022年は13位。
修業開始は遅いけど、不安はなかった
――生井さんはもともとはバンドで音楽活動をしていました。どのようなきっかけで料理人になったのですか?
音楽活動は楽しみながらやっていましたが、ある時親しい友人から「一人の社会人として、この先きちんと自立したらどうか」という内容のことを言われたのが大きなきっかけです。それが結構こたえて、手に職をつけようと考えるようになりました。バンド活動も「絶対に売れたい」という姿勢ではなかったので、これでは仲間内で集まって時間を浪費しているだけなのかも……と気づく年齢でもありました。当時、25歳くらいでしたから。
なぜ飲食だったかというと、その時通い詰めていたライブハウスのマスターが隣で飲食店もやっていて、手伝いながらいろいろ教えてもらううちに、この世界に惹きつけられるようになったからです。また、マスターはフランス料理出身の人だったので、自然と自分もフランス料理に興味を持つようになりました。
料理に関心が向くとともに、母親がとても料理上手だったことが思い出され、それも僕を後押ししてくれました。小学校の頃、遊びにきた友達が母親の料理目当てで夜まで帰らず、喜びながら晩ごはんを食べていたことがよくありました。それで、「料理を作って人を楽しませるのもいいな」と思ったのです。
――25歳からの料理修業ですね。
そうなんです。なんなら26歳だったかもしれません。遅いですよね。でも小さい頃から「器用だね」と言われていて、実際に手を動かして物を作るのが好きだったので、あまり不安はありませんでした。
それに、最初に入ったレストランは厨房スタッフの多い店で、ストイックというより楽しみながら働く雰囲気。「パスタの生地を伸ばすのはおもしろい!」「この料理、こんな材料が入っているんだ!すごい!」という具合に、毎日何か覚えたり、技術が向上することが楽しくてしょうがなかった。苦しい修業ではなかったのです。
とはいえ漠然といつか自分の店を持ちたいと思っていたので、楽しいだけではいけないこともわかっていました。であるなら、一通りの仕事が学べる小規模なオーナシェフの店で働こうと考えるように。そこで入ったのが、当時表参道にあった植木将仁シェフの店「レストランJ」です。
ここでの仕事は……本当にキツかったです。厨房がシェフと僕だけという期間もあり、かつシェフは当時30代後半で、ガンガンに上昇していく時期。スタッフへの要求が厳しく、やることも多くていっぱいいっぱいでした。
終電で帰れず、夜道を歩いて帰りながら夜空を見上げ、仕事のつらさを恨むこともしょっちゅうでした。今思い出しても、あの頃キツかった(笑)。
修業のつらさを凌駕する喜び
――そうした時期は、どのようにのりきったのでしょうか。
自分が作った料理を、お客さまが召し上がるところを見ることが何よりも楽しかったんです。初めてお客さまが料理を食べて喜んでいる場面を見た時は、「これはすごい快感だ!」と感動。努力が報われたという嬉しさが、普段の仕事のキツさを軽く凌駕しました。
――仕事にやりがいを見つけることができたのですね。
そういう部分もたしかにありましたが……そんなに甘くもない(笑)。
仕事はいつも時間に追われる状態でしたが、やはり質も深めたいので、自分なりに必死に段取りをつけて工夫をしていました。でも、満足ゆく仕事ができたかというとまだまだでしたね。たとえばフォンをまかされたら、自分のイメージした味に近づけたくて、他の仕事と折り合いをつけながら頑張るのですが、時間と意識が足りなくて味を精査するところまで行けなかったり。
たとえるなら、お手玉が下手なのにたくさん投げ上げて、受け止めきれず収拾がつかなくなるという感じ(笑)。毎日そうなので、失敗もたくさんありました。それでも、シェフはなんでもやらせてくれたのはありがたかったです。
シェフは熱くて激しい人。キツいことも本当にたくさんありましたが、僕にとっては、食らいついていれば一人前になれるんじゃないかという期待を持たせてくださる人でもありました。それで、頑張ってみようと思えたのです。
――その後、植木シェフのお店の軽井沢移転に伴い、生井さんも軽井沢に同行します。
軽井沢に行ってからは、仕事がものすごく楽しくなりましたね。
軽井沢では畑をまわって農家さんと知り合いになり、朝、こちらから畑を訪ねて野菜を買うなど、東京ではできなかった体験ができました。自分が思っていたのと違うサイズや、まだ熟しきっていない野菜に触れる機会も多く、「これで料理を作ったらどうなるんだろう?!」という刺激や気付きも毎日ある。
植木シェフとも長い時間を一緒に過ごしてきたので、おこがましいかもしれませんが、この頃になると一人の料理人としてある程度は認めてもらえるようになったと思います。シェフと料理や食材についての意見交換をする機会が増え、それも刺激的でした。
習うより慣れろ。一定の時間は必要
――仕事が楽しくなる前には、大変な修業時代がありました。その期間は何を大事にして仕事に取り組むとよいでしょうか。
「習うより慣れろ」という姿勢は大切だと思っています。こう考えるのは古い人間かもしれませんが、ある程度の時間をかけて、動きや思考を徹底的に体に叩き込むことはやはり大事です。それが自分の自信につながりますから。
たとえば同じ「生地を作る」にしても、厚さが少し変わったり、雨が降って空気の湿度が少し高くなるだけで仕上がりがまったく違ってくる。そうした気付きを実際の仕事の中でくり返し、自分の中に無数のデータを集めることで、生地作りが本当の意味で身につきます。
それにはやはり、時間が必要。加えて、相当腰据えて仕事に取り組まなくては絶対に自分のものにできないはずです。
さらに、「今日この生地を仕込む」という場合、「仕込みに何時間かかるから、今日の作業はこの順序でやろう」「ならば、あの人とオーブンを使う時間が重なるかもしれない。あらかじめに声をかけておかねば」……と、自分でチーム全体を見据えた段取りを考えることも大事です。
それができるようになるには、やはり、毎日毎日たくさんのデータをとるつもりで頭を働かせ、自分から動くことが欠かせません。
――言われたことをやるだけでは成長できない。
もちろん。自分で考えて動く中では、それなりに失敗もあると思います。前に言ったように、僕も修業中はたくさん失敗しましたから(笑)。
でも、シェフになるとそうはいかない。なので失敗できる環境をどれだけ修業中に経験しているかというのは、その後、奥行きのある料理人になれるかどうかにかなり大きな影響を与えます。
今はツールもたくさんあるし、世界中の情報をすぐに得られるので、最短距離でシェフになりたがる子は多いでしょう。でも、くり返しから学ぶ時間を充分にとることも大事。そこを意識してほしいと思いますね。
Ode オード
東京都渋谷区広尾5-1-32 ST広尾 2F
TEL 03-6447-7480
https://restaurant-ode.com