「鮨職人になる」と聞くと、長い下積みや、何年もの厳しい修行の日々をイメージする方も多いのではないでしょうか?
実は、海外にも展開する名店ながら、そのイメージとは少し違う答えを持っているお店があります。
それが、すし匠グループです。海外にも評判の名店では、どういった育て方をしているのか。
そして、環境や心構え、意識などによって働く若手の成長はどう変わるのか。今回はその答えを、すし匠四ツ谷本店の親方・勝又啓太さんに伺いました。
そして、環境や心構え、意識などによって働く若手の成長はどう変わるのか。今回はその答えを、すし匠四ツ谷本店の親方・勝又啓太さんに伺いました。
すし匠グループ 1989年、中澤圭二親方が東京にて開業した江戸前鮨の名店。 のれん分けにより全国に十数店舗を展開し、2016年からハワイ、2024年からニューヨーク、2025年から静岡・須走にある「強羅花壇富士」内にも出店している。
勝又 啓太(かつまた けいた)さん/すし匠 四ツ谷本店 親方 2006年6月入社。辻調理師専門学校出身。2016年よりすし匠四ツ谷本店の親方を継承し、若手育成の現場を牽引している。
■ そもそも、なぜ若手育成にここまで力を入れているのですか?
若手育成に力を入れる理由は、お店を、そして江戸前鮨の文化を、次の世代へと繋いでいくためです。中澤親方が長年「伝授伝承」と語ってこられたように、鮨職人の技も心も、育てていかなければどこかで途絶えてしまいます。技術は本や動画からも学べるかもしれません。しかし、お客様と向き合う心や仕込みへの姿勢、お店の空気の作り方は、人から人へ渡さなければ受け継がれないものです。私自身も、親方や先輩から受け継いできたものが今の土台になっています。次は、私がその受け渡し役を担う番。ここで育つ若手一人一人が、これからのすし匠と江戸前鮨の未来を作っていきます。だから私たちは、若手育成に本気で取り組んでいます。
■ 若手育成において、大切にしている考え方はありますか?
たった一点、「過去は語らず、未来を語る」ということです。「俺の若い頃はこうだった」と昔話をしても、今の若手にとっては何のエールにもなりません。時代が違うのですから、違って当然です。だからこそ語るのは、いつも未来の話。「五年後にはこういう職人になろう」と先のビジョンを一緒に描き、そこから逆算して「今、何をやるべきか」を伝えています。
そうすることで、目の前の仕事の「なぜやるのか」が腑に落ち、若手の姿勢はまるで変わります。誰かに言われてやる仕事から、自分の未来のためにやる仕事になる。同じ作業でも、学びの深さがまったく違ってきます。例えば身だしなみひとつとっても、ただ「直しなさい」ではなく、帽子をきちんと被れていない姿をお客様が見てどう思うのか、またお店の雰囲気にどういう影響を与えるのか、引いては再度来店してもらえるのか、に結びつけて話します。目の前の勉強や仕事の「なぜやるのか」を自分の中に持てているか。そこから、皆さんの成長のスピードは変わっていきます。
■ 若手が育つ職場環境を作るために、心がけていることはありますか?
若手が長く続けて成長していくためには、店内の空気が大切です。その空気を作るうえで、私が心がけているのが「相手は鏡」という考え方。中澤親方からずっと教わってきた考え方で、私自身の芯になっています。こちらが嫌いだという顔をすれば、相手もこちらを嫌う。だから人の悪いところではなく、いいところを探していく。仕事中に感情が動いても、その場で言葉にすることはしません。怒りが乗ったまま話すと相手も反抗するだけで、何も解決しないからです。一、二時間経ってから、冷静にディスカッションとして話す。社会に出れば、感情がぶつかる場面には必ず出会います。そのときに一度気持ちを置いて、冷静に言葉を選べるかどうか。これは、どんな職場でも通用する姿勢だと思います。
■ 若手の成長を感じるのはどんなときですか?
意外に思われるかもしれませんが、技術ではないんです。魚を綺麗に下ろせることは、3、4ヶ月続ければ誰でもできるようになります。「できて当たり前」の世界なので、技術はどんどん任せています。誰がやっても、いつやっても、同じ品質で出せるお店こそが理想だからです。
私が「この子は伸びたな」と感じるのは、心の成長のほう。教えてもらったときに、心から「ありがとうございます」と感謝を伝えられる。失敗したときに素直に「すみませんでした」と受け止められる。困っている仲間に自然と声をかけられる。そんな人としての気配りや素直さが育っていく瞬間にこそ、私は一番の成長を感じます。皆さんも職場に入るときは、技術で焦る必要はありません。日々の小さな気配りや感謝を大切にできること。そこにこそ、伸びていくための土台があります。
■ 成長した先には、どんなキャリアが描けるでしょうか?
当社の強みは、選択肢の広さに尽きます。中澤親方がハワイを経て今はニューヨークのお店に立ち、暖簾分けの店は全国に十数店舗。海外勤務を希望すれば、5年間の修行を経てビザを出してもらえる道もあります。「ニューヨークに行きたい」「地方で自分の店を出したい」という未来も、現実として目に見える形で広がっているのです。富士山の麓にできた「強羅花壇富士」というホテル内にあるお店もありますし、近い将来には、日本を一周するクルーズ船にすし匠が入り、全国のOBが順番に乗って、各地の魚をお客様に握るという構想も動き出しています。若手が自分のなりたい姿から逆算して今を頑張れる。鮨職人は、接客も料理もお酒の知識も、すべてに精通できる稀有な仕事です。一人で店を回せるようになれば、世界のどこへ行っても通用します。
■ 最後に、鮨職人を志す学生へメッセージをお願いします。
最近の学生さんは皆さん頭がよくて、SNSで先のことまで調べてから飛び込もうとします。でも頭で考えすぎて減点法で見てしまうと、面白さよりも先に粗が目に入ってしまいます。だからこそ伝えたいのは、もっとシンプルに、のめり込むように飛び込んできてほしいということです。自分の握ったお鮨を、お客様が笑顔で食べてくれる。それだけで十分に素敵な仕事なのですから。もし合うかどうか不安なら、まずは三ヶ月続けてみてください。一週間ではお店の景色は見えません。三ヶ月やってみれば、自分に合う、合わないが、ちゃんと自分の言葉で語れるようになるはずです。楽しくやりたい方は、ぜひ一度、私たちのカウンターの向こう側を覗きに来てください。
