御所坊は、鎌倉時代から続く有馬温泉の宿です。
その歴史が物語るのは、単に長い歳月ではありません。
お客様や地域の人々との出会い、受け継がれてきた文化、そして新たな価値を生み出してきた挑戦の積み重ね。それらすべてがここに宿っています。
今回は、十六代目社長と料理長のお二人に、御所坊が大切にしてきた哲学や、おもてなし・料理への想いについて伺いました。
今回は、十六代目社長と料理長のお二人に、御所坊が大切にしてきた哲学や、おもてなし・料理への想いについて伺いました。
― 代表取締役:16代目当主 金井 一篤 氏 ―
― 陶泉 御所坊 料理長: 松岡 兼司 氏 ―
御所坊らしさの核心は「虚(空白)」の哲学
社長: 御所坊のロゴマーク「御所車」は、真ん中が空白になっています。一見無駄に見えますが、空っぽの空間がないと車軸が通らず、車輪として役に立ちません。私たちは宿のあり方においても、この「遊びの部分」や「余白」をとても大切にしてきました。空白があるからこそ、発想が自由になり、物事に柔軟に対応できる。よりクリエイティブな価値を生み出せると考えています。
料理長: 歴代の当主も、六甲山側から有馬を訪れる人たちのために茶店を営んだり、地域のために銀行事業に携わったりしてきたと聞いています。先代の時代には、本来なら旅館の中に設ける売店や喫茶を、あえてまちの中につくり、お客様が自然と有馬のまちを歩きたくなるような仕掛けもつくっていました。
社長: ひとつの拠点をビル化して集約する方が収益も効率も上がりますから、一般のビジネスの視点で見れば、きわめて非効率で理解できない動きかもしれませんね。
また、高度経済成長期の際は、多くの旅館が近代的な建物へと変わる中、御所坊はあえて古い建物や街並みの魅力を残す道を選び今に至っています。それは、有馬らしい風景や歴史そのものが、この土地の価値だと考えたからです。利益だけを追い求めるのではなく、新しい発想や文化が生まれる余白を残すこと。その積み重ねが、御所坊らしさの原点だと思っています。
また、高度経済成長期の際は、多くの旅館が近代的な建物へと変わる中、御所坊はあえて古い建物や街並みの魅力を残す道を選び今に至っています。それは、有馬らしい風景や歴史そのものが、この土地の価値だと考えたからです。利益だけを追い求めるのではなく、新しい発想や文化が生まれる余白を残すこと。その積み重ねが、御所坊らしさの原点だと思っています。
御所坊らしさを、一皿に込める
料理長: 料理における御所坊らしさとは、歴史や文化などさまざまな背景を、一皿の中で表現することだと思っています。その代表に、奈良時代から伝わる『蘇(そ)』という古代の乳製品があります。牛乳を一日かけて煮詰めて作る郷土料理で、私が平成に入社した初日、最初に命じられたのがこの『蘇』の仕込みでした。寸胴につきっきりで牛乳を煮詰め、パン生地のようになったものを先輩たちと伸ばしたインパクトは今でも記憶に残っています。
社長: 12世紀当時、水害で崩壊していた有馬を奈良から来た仁西上人が復興したという伝承があります。有馬芸妓のルーツも奈良という諸説があり、実は奈良と有馬は縁がとても深いんですね。『蘇』は、そういう歴史のつながりを感じさせてくれる料理でもあります。
料理長: 私もこの料理だけは絶対に途絶えさせてはいけないと思い、常に改良を重ねてきました。今はピスタチオを練り込んだものや、ドライフルーツを加えたものなど、いくつかのバリエーションがあります。
社長: 一方で、御所坊では今の兵庫の魅力を伝える食材も大切にしています。神戸ビーフは、その中でも生産者が特にこだわって育てた『但馬玄(たじまぐろ)』を使っていますが、実は『但馬玄』の誕生には、まだ世に出る前の取り組みの段階から、御所坊が深く協力してきた歴史があります。
魚は最高級の鮮魚が揃う明石浦漁港で、その時々に最も良いものを料理長が見極めて仕入れていますね。単に名産品を並べるのではなく、その価値を御所坊らしい一皿として届けるために、料理長やスタッフが工夫を重ねてくれています。
魚は最高級の鮮魚が揃う明石浦漁港で、その時々に最も良いものを料理長が見極めて仕入れていますね。単に名産品を並べるのではなく、その価値を御所坊らしい一皿として届けるために、料理長やスタッフが工夫を重ねてくれています。
料理長: 素晴らしい食材を仕入れるためには、やはり生産者さんとの信頼関係が欠かせません。例えば、海老芋を仕入れている農家さんとは、夏頃から発育具合をお手紙で教えていただくようなお付き合いがずっと続いています。生産者さんとの顔の見えるやりとりを大切にしているからこそ、「この食材を絶対に無駄にできない」という思いが厨房にも宿るのだと思っています。
記憶に残る体験は、一人ではつくれない
社長: 旅館というのは、予約をいただいた時から、お迎え、お部屋へのご案内、料理、温泉、お見送りまで、そのすべてがつながって一つの体験になります。どこか一つだけが良ければいいのではなく、スタッフ全員が同じ方向を向いていることが大切だと思っています。
料理長: 以前、お客様が到着された時に、たまたま私が荷物をお持ちしたことがありました。料理人が荷物を運ぶなんて珍しかったのか、とても喜んでくださって。それ以来、毎月のように足を運んでくださるようになりました。
また、私はお子様にも、一人のお客様として最大限のおもてなしをするようにしています。たまに、サービスしすぎたかな?と思うことがあるくらいです(笑) でも、その時の体験が記憶に残れば、20年後にまた訪ねて来てくださるかもしれない。実際に、「子どものころお世話になりました」というお客様にお会いすると、本当に嬉しくなりますね。
社長: 2年後、3年後、あるいは何十年後かもしれませんが、お客様が再び帰って来てくださることは、私たちにとって何よりの評価です。そしてその評価をいただけるのは、お客様のために何ができるかを考え行動する、従業員一人一人の積み重ねがあってのこと。これからも従業員全員で、お客様の思い出づくりをさせていただく宿でありたいですね。
学生のみなさんへのメッセージ
料理長: 私たちが受け継いできた技術や考え方は、誰か一人のものではありません。次の世代に渡していくことで初めて価値が生まれると思っています。だから、若いスタッフがお客様から名前を覚えていただいたり、成長した姿を見せてくれたりすると、自分のこと以上にうれしいんですよ。ここにはいろんなジャンルで腕を磨いてきた先輩たちがいますから、ぜひ多くのことを吸収しながら、自分なりの御所坊らしさを見つけてほしいと思います。
社長: 御所坊には長い歴史がありますが、決まった答えがあるわけではありません。流行っているからやる、誰かに言われたからやる、ではなく、自分が本当に良いと思えるものを追求してほしいと思っています。仕事と遊びの境界をつくらず、自分が食べたいと思える料理、自分が泊まりたいと思える宿、自分が受けたいと思えるサービスを考え続ける。その積み重ねが、お客様の心に残る体験につながると信じています。御所坊には、それができる環境があります。ここで一緒に、技術と感性を磨いていきましょう。
