神戸北野ホテル
山口 浩氏
(プロフィール)
大阪のホテルで修行後、渡仏。フランス料理界の重鎮ベルナール・ロワゾー氏に師事し、「ラ・コートドール」にて、フランス料理界に新風を巻き起こした「水のフレンチ」を学ぶ。「ラ・コート・ドール神戸」開業にあたり帰国、料理長を務める。2000 年より神戸北野ホテル運営会社代表として、オペレーションにおいて総支配人・総料理長に就任。世界一と謳われるロワゾー氏の朝食メニューを提供することを許され、注目を集める。
日本で初めての都市型オーベルジュ「神戸北野ホテル」の総支配人であり、総料理長である山口浩氏。世界的なホテル・レストラン非営利会員組織「ルレ・エ・シャトー」の日本支部長として、サステナブルな考え方や取り組みにおいても業界を牽引する存在です。コロナ禍で業界が揺れる中、これからのホスピタリティ産業について聞きました。
――――――――――――今年は、新型コロナ感染症の流行によりホテル業界、飲食業界は大きなダメージを受けました。
ホスピタリティ産業は、人が生きていく上で欠かせない産業
コロナ禍は世界中の人々が初めて経験したことです。
日本はこれまでも阪神淡路、東日本大震災などの災害を経験していますが、大きな災害があると、ホスピタリティ産業は何かに代替えされてしまい、私たちの業界もしんどい状況にあるのは事実です。
今回のコロナ禍により、人と一緒に食事をすることの重要性が改めて見直されたとも感じています。誰かと一緒に時間を過ごしたり、食事をしたりする時間の素晴らしさにスポットライトが当たったのではないでしょうか。
今回のことで、ホスピタリティ産業は、社会の中で代替えされやすいがすごく大切なもので、生きていく上で欠かせない産業であるとより一層はっきりしました。そういう意味でも、私たちは今後よりソーシャルな立場で仕事をしていくことが求められるのではないでしょうか。
――――――――――――料理人として「ソーシャルな立場で仕事をしていく」とは、どのような働き方になるのでしょうか。
料理人には、サスティナブルな社会に貢献するという役割がある
サステナビリティな考え方を持って働くということですね。「料理人としてどういう風に生きていくか」「社会に対してどういう貢献ができるか」が、今後、料理人として大きな価値観になってくると思います。
2017 年には「文化芸術基本法」に華道、茶道、書道と並んで「食文化」が明記され、「食は文化である」と法律で認知されました。
今後は、料理人も、環境・社会・経済の観点から世の中を持続可能にしていくというサステナブルな考え方を持つことが必要になってきます。「海の豊かさを守ろう」「山の豊かさをも守る」そして「次世代を育成するための教育」など、社会に目を向けて仕事をする料理人が評価される世の中になると思います。
――――――――――――なるほど。サステナビリティの意識を持つ料理人が求められるということですね。 そのような料理人をめざすにはどのようなことを意識すればいいのでしょう。
日本人としてのアイデンティティを大切にしよう
世界や社会に関心を持つことです。今はネットを通じていくらでも情報収集できるので、社会人として、料理人としてどういう風に活動していくのか真剣に学ぶことはできると思います。
世の中は、グローバル化に向かっていますが、日本人としてのアイデンティティをしっかり持つことも大切です。
今の日本の若い人は、これまでの人類が経験したことのないような災害を多く経験しているため、公益性、社会性が高い人が多いと言われているそうです。自然の豊かさにおいて日本は世界でも突出していますが、同時に自然の猛威も経験します。日本列島という環境で育まれてきたアイデンティティを大切にしてほしいです。
日本人としてのアイデンティティをしっかりベースに持ちながら、情報収集したり学んだりしたものを自分の中の引き出しに詰め込んで、必要な時にアウトプットできる料理人に育ってほしいですね。
料理人は「おいしい料理を作る」以外にも社会的な役割があって、その役割をしっかり守っていくことが栄光につながる業界にしなくてはならないと私自身は考えています。
――――――――――――求められる人材や時代の変化とともに、人材育成や教育にも変化はありましたか。
「なぜそうするのか」を科学的に伝えることが大切
料理人の育成については、日本では昔から「一子相伝」「門外不出」というものでした。
フランスはもっとオープンでしたが、日本のフランス料理界においても日本独特の徒弟制度のようなものがあったと思います。それが今はどんどんなくなってきていますね。「なぜそうするのかを科学的に伝える」ということが、若い人を育てる際に大切なことだという考え方に、業界自体が変わってきています。
それは、働き方改革による意識の変化で、飲食業界も「働きやすくて学びやすい業界」にならないと、新しい可能性のある人材が入って来られないということが背景にあります。
見て覚えるよりも科学的根拠に基づいて説明する方が、人ひとりが育つスピードがはやくなる。たくさんの中から生き残った人だけが料理人として残る時代ではありません。昔は「10 年早い」という言葉がありましたが、今は昨日入った新しい人が10年働いた人と同じように働いてくれる方がいいのです。このような時代の変化に対応している店が、これから生き残っていく店だと思います。
――――――――――――山口シェフご自身、現在の神戸北野ホテルの総支配人・総料理長に至るまでの料理人人生では、 さまざまな経験をされていますね。
「すべてを失った」と思っていたことが、新しいスタートだった
私は、経済的な理由で調理師学校には行かず、大阪の洋食屋に就職しました。そこで先輩たちの「フランス料理では」「本場のフランスでは」という会話を聞いて、「本物のフランス料理を学びたい」と、ホテルのフレンチで働くという目標を持ちました。
23歳の時に念願のホテルに就職することができたけれど、次はどうしてもフランスに渡って勉強したいという思いが強くなって、3ヶ月という期間限定でフランスに渡るチャンスを得ました。
フランスので最も有名なレストランのひとつである「ラ・コート・ドール」での修行中に日本出店が決まり、総料理長のロワゾ―氏に「日本支店の料理長をやれ」と言って頂くことができたとき、これまでのすべての努力が報われた気がしました。
日本に帰って神戸ベイシェラトンホテル&タワーズレストラン「ラ・コート・ドール」をオープンさせて、自分の中で料理人としてのキャリアを達成したという思いがあったのに、たった3年後に阪神大震災に遭って撤退。それはもろく崩れ去りました。一瞬ですべてがなくなったと感じて絶望しました。でも、その後、神戸北野ホテルに出会い、自分が美しく舞う舞台を再び作ることができました。
後で考えると、「すべてを失った」と思っていたことが実は新しいスタートだったんです。
――――――――――――逆境がチャンスだったということですね。 ここ数年、「売り手市場」と言われていた就職もコロナで状況が変わりつつあります。 コロナ禍の中、飲食業界をめざして就職活動を頑張っている学生さんにメッセージをお願いします。
逆境をチャンスと捉えるか捉えないかで現実は変わる
私は、「逆境をチャンスと捉えるか捉えないかで大きく現実が変わる」という経験をしました。それが本当によかったのかまだわからないけれど、私たちはどんな状況であっても自分を信じて歩むことしかできません。
でも、世の中は不条理です。思ったようにならないことの方が多い。新型コロナなどの災害もそうですが、仕事においても「できるのにやらせてもらえない」「できないのに任せられる」というのはよくあること。だから、チャンスを得た時に取り組めることがとても大切です。そのために日々の積み重ねがあります。技術にしても経験にしても、いつ来るかわからないチャンスのために蓄積しておくことが大事です。
そして、辛いことがあった時に「辛いことがこのままずっと続く」という錯覚に陥ることもよくあります。それを乗り越えるために何が必要かというと、「将来こうなりたい」という思いです。それがないと、辛さだけになって挫折してしまいます。そうならないように、しっかりした目的、目標を持って突き進んでほしいです。
私は40数年この世界で仕事をしていますが、今でも自分はこの仕事にあっているのかなと思うことはあります。しかし、合う合わないではなくて、決めた道を進んでいくことが大切だと思っています。
料理人をめざすみなさんは、何かの思いつきか断固たる思いがあるのかわからないけれど、この道を極めようと進まれてきたのなら、その心意気を忘れず進んでほしいと思います。