屋台から始まった、明治の「ファストフード」
明治18年(1885年)、天國は銀座三丁目の小さな屋台から始まりました。当時の天ぷらは、揚げたてを並べる端からお客様が指でつまむ、今で言うファストフード。歌舞伎座の裏あたりにあった頃には、お腹を空かせた若手役者たちのために「大盛り無料」を始め、その心意気は140年を経た今も受け継がれています。手頃な一杯でお腹を満たしてもらう、庶民に寄り添う姿勢こそが、天國の原点です。
幾多の逆境を越えて、味を守り抜いてきた
140年の道のりは、決して平坦ではありませんでした。関東大震災で銀座が壊滅したときには、大きな痛手を負いながらも、家族が力を合わせて店を立て直し、今と同じ銀座八丁目で再び暖簾を掲げました。戦時下には火と油の使用が制限され、天ぷらを揚げることが難しくなり、東京で第一号となる雑炊食堂へ転向。その後、冷凍みかんを売ったり、喫茶や乾物屋を営んだりしながら数年を耐え抜き、戦後に天ぷら店を再開しました。
そして、コロナ禍が訪れ休業を余儀なくされた際、店の宝である職人や従業員の給与を一切カットせず雇用を守り、休業明けは変わらぬ顔ぶれで再開。継ぎ足しのたれさえ一部を冷凍で守り、数日かけて丁寧に味を戻しました。どんな時代も、「この味を絶やさない」という一心で乗り越えてきたのです。
伝統の店の、遊び心あふれる挑戦
老舗でありながら、天國は人を楽しませる挑戦を重ねてきました。店舗の建て替えや創業100周年といった節目には、特別価格の天丼を振る舞うイベントを開催。「天國(てんくに)」の語呂にちなんで1092人分を用意したところ、長蛇の列ができました。銀座通りが歩行者天国だった頃には、生きた車海老のつかみ取りを実施し、街ゆく人々を巻き込んで賑わいました。こうした遊び心は、ただ味を守るだけでは終わらない、天國らしさの表れです。
国境を越えて愛される味を、これからも新しい場所へ
かつて、当時のフランス大統領が突然来店されたことがあります。警備のために周辺が一時慌ただしくなりましたが、無事に天ぷらをお出しすることができ、後日、感謝の言葉を綴ったお葉書をいただきました。天國の天ぷらは、国境を越えて愛されてきたのです。
2020年、天國は現在のビルへ移り、1階の天丼・天ぷらの「銀座天國」、2階のカウンター天ぷら「銀座天國 栞」、3階の「和食 ゆうづつ」という3つの顔を持つ店になりました。かつてコンビニと組んで冷凍の天丼弁当を売り出したこともある天國は、今また、ご家庭で楽しめる冷凍天ぷらの開発に取り組んでいます。海外のホテルへ職人が出向いて揚げたてを届ける催しや、百貨店の催事への出店も重ねてきました。その一つひとつの挑戦の中心にいるのは、いつの時代も職人たちです。140年の歴史に次の一ページを書き加えてくれる仲間を、私たちは待っています。
