調理師学校の先生などで構成される「調理技術教育学会」。その「学術大会」が、今年も8月9~10日の2日間で開催されました。多彩なコンテンツの中から、今回は、「未来の食材」についての講演をピックアップ!リージョナルフィッシュ株式会社が生み出した「可食部が1.2倍の鯛」や、「成長が1.9倍速いフグ」など、代表取締役 梅川忠典氏の“目からウロコ”なおサカナの話をレポートします!
テーマ:「食文化×新たな社会Society5.0×調理師養成~IoTやAIで変わる食と教育の未来~」
テーマ:「食文化×新たな社会Society5.0×調理師養成~IoTやAIで変わる食と教育の未来~」
特別講演:「ゲノム編集技術を用いた品種改良とスマート養殖」
講師:梅川 忠典 氏(リージョナルフィッシュ株式会社 代表取締役社長)
なぜ水産物だけ「天然もの」が重宝されるのか?
講演は、リージョナルフィッシュ株式会社代表取締役 梅川忠典氏からの質問でスタート。「天然の方が美味しいと思われる方は、挙手お願いします」という梅川氏の声で、会場の先生方は悩みつつ半数以上が挙手した。 「ですよね。ではこちらはどうでしょう?」
「これも天然の方がおいしいと思われる方は、を挙手お願いします」という梅川氏の声に、会場には戸惑いの空気が流れた。手は挙がらない。
(梅川氏)
「そうですよね。“あまおう”の方が、絶対美味しいですよね。天然イチゴの方がおいしいなんて、絶対にない。そして、私たちが普段口にしている農作物のほとんどは、品種改良されたもの。原種のままで今も食べられているのは、『三つ葉』くらいだと言われています。じゃあ、なんで魚だけ、天然の方が美味しいって言われるんでしょう?何が違うんでしょう?」
あらゆる農作物・畜産物は、「品種改良」されてきたが、魚は、まだ品種改良されたことがない、という事実。
農耕栽培が始まったのは約1万2000年前。米、ライ麦、とうもろこし、じゃがいもなどの栽培を始めたと言われているが、おそらく当時、原種・野生種のままで「美味しく食べてれて、たくさん採れる」なんていう、都合の良い野菜や動物はなかった。そこで、長い長い時間をかけて、図1のように人間はありとあらゆる品種を改良(育種)し、「口に入れるほとんど全ては品種改良されている」ところまできた。
しかし、魚だけはまだ品種改良がされておらず、「天然種の養殖」をしてきたに過ぎない。つまり、農作物・畜産物でいうと、「原種をそのまま育てている」だけ。これが、「魚は天然が美味しい」という理由である。つまり、天然のものには、ばらつきがある。20点の魚もいれば、99点の魚もいる。産地や季節により、抜群に美味しいこともあるのだ。でも、養殖は安定的にMAX70点くらいの平均点を取ることを目標とする。だから99点の天然ものに勝てることはない。これが「魚は天然のほうがおいしいマジック」の正体である。(時期や産地にもより、70点より低い天然魚もたくさんいるので、「今は養殖の方がおいしい」という人ももちろん多い。最初の問いで、先生方の手が半分くらいしか上がらなかったのは、これまた当然なのだ)
「天然のヘビイチゴをいくら人が育て上手に作れたとしても、味はヘビイチゴです。でも、食用には向かないヘビイチゴが、美味しい『あまおう』や『とちおとめ』になるから、人が作ったほうがいいとなる。ほかの農作物・畜産物では『天然ものが美味しい』なんて言わないのに、水産物だけ天然がおいしいなんておかしくないか?きっと100年、200年の時を経たら、天然物よりも人の手で作ったほうが美味しいって言われる世界が来るはずだ!」と思って、「魚の品種を変える」を事業化しているのが、我々リージョナルフィッシュです」
魚の品種を改良したい。それも、超「急ぎ」で。
リージョナルフィッシュが行うのは「ゲノム編集技術による品種改良」と「スマート養殖」。まずゲノムとは、簡単に言うと「遺伝情報」のこと。そして、品種改良とは「ゲノム変異」である。(図2)
▲図2
▲図2
つまり、同社の行う「ゲノム編集技術」を超簡単に言うと、「これまで行ってきた品種改良を、超高速化できる技術」である。というのも、品種改良には、野菜だと10年、果樹や動物には30年ほどの時間がかかる。これにはサイクル(ひとつの世代から次の世代を生むサイクル)が関係しており、野菜はだいたい1年で1サイクルだ。
例えば、たまたまできた甘い人参の種をもとに、人参を栽培し→収穫し→種をとる。これを10サイクルくらい繰り返して、ようやく「ちょっと甘いのがでるようになったな」という気の長いものである。果樹は実をつけるのに時間がかかるものが多く、動物も子を産むまで成長するのに時間がかかるため、改良品種ができるのに30年くらいかかるというわけだ。
しかし、1万2000年も栽培や飼育をしてきた農産物・畜産物と異なり、水産物は「完全養殖技術」=天然の卵から大人にして、また卵を産むまでのサイクルを、人の力で回せるようになる」という技術ができてから、まだたった50年。つまり、30年かかる品種改良にはまだ着手できていなかった。そこで、リージョナルフィッシュが提供する「ゲノム編集技術」の登場だ。ゲノム編集技術を使えば、わずか2年、3年で、ひとつの改良ができるというのだ。
(梅川氏)
私たちは『ゲノム編集』という技術を使って、2,3年で品種を作っていこうとしています。例えば、成長性を1.9倍にしたトラフグを作りました。これは、2年で作って4年で量産化まで行いました。(図3)
▲図3
ゲノム編集技術については生物工学的な話になるので、詳細を書くことは省くが、簡単にお伝えすると、受精卵の時に、狙った遺伝子をゲノム編集ツール(人工制限酵素)で切る。するとその「切れた遺伝子(変異)」を持った細胞が増えていき、個体となる。それを親として同じ変異を持った子を増やしていくという技術だ。
つまり、従来の品種改良と「遺伝子を切る」という手法は同じだが、「ゲノム編集技術」を用いると、遺伝子の配列を特定して、狙った遺伝子だけを切るということが可能になるので、30年程度かかっていた品種改良が、たった3~3年でできるようになる。(図4)
▲図4
京大の「ゲノム編集技術」と近大の「完全養殖技術」を融合。
さらに誰にでもできる「陸上でのスマート養殖」で
日本の水産業を、世界で勝てる産業にしたい。
梅川氏が率いる「地魚」という由来を持つリージョナルフィッシュは、京都大学が持つ「ゲノム編集技術」と、近畿大学が持つ「完全養殖技術」を掛け合わせて魚の品種を変えていく世界で唯一の会社として、未来の「地魚」づくりを目指している。
さらに、地球上の人口増加に伴い、タンパク質クライシスが来ると言われ、各方面で新しいタンパク源の研究が進むが、タンパク質なら何でもいいわけじゃないはずだと、梅川氏は言う。
(梅川氏)
「人は豊かになると、うまいものが食べたくなるんです。魚や肉は、うまい。だから、起こるのは『タンパク質クライシス』じゃなくて『うまいものクライシス』。日本の魚は、世界で一番うまいと言われています。日本の水産業は今、世界で11位。かつては世界1位でしたが、今はもう漁業をやっても、儲からなくなっている。漁業の経営体の8割が売上300万円以下。そこを、変えたい。また従事者の7割が50代以上、かつ9割に後継者がいないと言われています。こういうのも技術で解決したい。日本のうまい魚で、水産業で、世界に勝ちに行きたいんです」
▲リージョナルフィッシュが開発した「22世紀鯛」と「22世紀フグ」の特徴
同社が開発した「22世紀鯛」は、ベルギーで突然変異して筋肉ムキムキになった牛からヒントを得た。遺伝子配列を研究したところ「ミオスタチン」という筋肉をつけすぎないようにしている遺伝子が壊れていることがわかったので、この「ミオスタチン」塩基を壊した真鯛を開発。すると、筋肉量が増えて身がふっくらとし、可食部が1.2倍になった。
また「22世紀ふぐ」は、成長スピードが1.9倍。出荷まで24か月かかっていたのが13か月になった。これは、トラフグの「食欲を抑える遺伝子」を壊したことにより、たくさん食べて早く大きくなるから、である。「22世紀鯛」「22世紀ふぐ」は、世界で初めてゲノム編集で品種改良された魚として上市。現在も20品種ほどの研究開発が進んでいるという。
(梅川氏)
「品種改良は、最初「生産性」に注目します。でも我々は今後、よりおいしいもの、より栄養価が高いもの、さらにアレルゲンのないエビ、なんていうのも作れると思っています。
安全性に関しても、従来の食品とリスクが変わらないということや、環境などに影響がないということをきちんと評価されているので、安心してください」
ゲノム編集技術についてだけでなく、生物多様性を考慮しているのは、養殖技術においても同じで、「陸上養殖システム」の完成を目指して、さらなる未来図を描いている。
水産業をみんなで盛り上げるために、創業3年にして70団体と連携。一見関係のなさそうな電気通信企業やガス関連機器企業、光学技術開発企業、そして飲食の大手チェーン店、小売業、ゼネコンなど、実に幅広い企業・団体と手を組んできた。京都の宮津では、AI技術を駆使した「スマート養殖」を開始。プロにしかできなかった魚の成長の様子や健康状態をICT技術で把握。「誰にでもできる養殖」を始めている。
(梅川氏)
私たちが追っているトレンドは2つ。ひとつは世界有数の技術を持っている、「品種を変えていく」というトレンド。そして、もうひとつは「陸上養殖」です。海の中で養殖していると、海の温度ってコントロールできませんし、赤潮を止めることもできない。でも、まるごと管理できるいけすを陸上に作って養殖したら、きわめて単純に「誰でもできる養殖システム」(スマート養殖)として産業にできるんです。
リージョナルフィッシュが作った稚魚を、各地のスマート養殖施設で増やして『地魚』にしてもらう。これで、日本全国で水産業を全国で活性化したいと考えています。
すでにオンラインや小売店でも店頭販売したところ、意外と「怖い」「ゲノムってなに?」という反応はなくて「おいしいの?」っていうのが多かったという。
▲こんな多種多様な魚を選べる日が来るのかも!?
(梅川氏)
今、トマトって、いろんな種類を選べます。大きな赤いトマト、小さなトマト、黄色いトマトにオレンジのトマト、甘いトマト、酸っぱいトマト、リコピンの多いトマトなどなど…
トマトに限らず、いろんな農作物で、選ぶことが可能です。品種改良は大きな革命です。
でも、水産物はまだその恩恵を受けていない。
今はまだ、魚は選ぶことができません。でも、私たちの技術で、未来は魚も選べるようになります。アレルギーのないエビやカニ、プリン体のないウニ、サバでもブリでも「脂多め」とか「少なめ」とか、小骨の少ない鮎やハモ、3倍身が大きいアワビ。無毒のフグというのも遺伝子的に作れるんです。そしたら、世界で最もおいしいと言われているフグの肝を気軽に食べれるようになる。私たちは、そんな世界を目指しています。
未来のネコ型ロボットの話でも聞いたような、ちょっとした高揚さえ覚えた梅川氏の『未来のサカナ』のお話。今、専門学校で学ぶ学生の皆さんが一人前になる頃、アレルギー源を除去した甲殻類や、今の3倍くらいの分厚さのホタテを調理し、今はまだない新しい料理を生み出しているかもしれないと思うと、その可能性の大きさにワクワクする。
質疑応答に移ると、聴講者である先生方から次々と手が上がった。簡単に抜粋する。
(質問)ゲノム編集のターゲットのバリエーションはどうなっているのか
(回答)京都大学には、人間の遺伝子情報に関するデータベースがあり、そこから「魚もこうではないか」という推察をつける。しかし人間と魚は異なるので、2か月で成長するメダカを使って、推察をもとに魚に有望そうな遺伝子を探している。エビや貝類は、別のモデル生物で試している。
(質問)目的のひとつにおいしさというのもあったけれど、魚のおいしさは食べた時の食感も大きいと思うが、テクスチャは遺伝子と養殖技術、どちらの要素が大きいとお考えか?
(回答)22世紀鯛は、ものすごく身が柔らかい。それは加熱した時にも柔らかく作っているから。そのために筋繊維を太くしている。逆に筋繊維を細くすることもできる。身の固さの理由が筋繊維なのか別のものなのかを見極めることができれば、そのゲノム編集で作ることは可能。おいしさも同じです。これまでは「品種改良」をしていなかったので、養殖技術やエサにしか重きが置かれていなかったけれど、他の品種改良された農作物・畜産物をっ見ていると、おいしさも遺伝子要素が大きいと思う。
(質問)SDGsの取り組みの中で「海の豊かさを守る」という話がよく出ているのだが、「陸上養殖」となると、「海の豊かさ」はどうなる?
(回答)人間が海の生態系を壊しているともいえる。そして養殖を海面で行うと、フンとか食べ残したエサが海底に流れて赤潮の一因になって魚が死ぬということなる。だから、実は陸上養殖をすることで、海の豊かさを守ることもできるのではないかと思う。
(質問)小骨がない魚って、魚の成長についてはどうなのか?
(回答)今行おうとしているのは、川魚の小骨。川魚は過酷な川を泳いでも骨折しないために小骨が多い。でも養殖なので、激流はない。つまり小骨が必要ない環境だから、成長はできる。もともとイノシシだった豚を野に放ったらすぐ死んでしまうように、ちゃんと飼育できる過保護な環境とセットだと考えている。
すでに上市している「22世紀鯛」「22世紀ふぐ」に加えて、現在2品種の安全性について届け出をしており、今後は1年で2~3品種ずつ追加していく予定であるという梅川氏。刺身、寿司といった日本を代表する料理をはじめ、日本人の食生活に切っても切れない「魚」の未来は、大きく変わっていくのかもしれない。
梅川忠典氏 プロフィール
デロイトトーマツコンサルティング株式会社に入社。資源エネルギーセクターにて、電力・ガス業界の大手企業に対して、戦略・業務・システム・M&Aに係る経営コンサルティング業務に従事。株式会社産業革新機構(INCJ)に転職し、大手・中堅企業に対するバイアウト投資および投資先の経営支援に従事。
2019年4月、リージョナルフィッシュ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。70団体以上とオープンイノベーションを実施。