ビジネスの世界では「ヒト・モノ・カネ」が経営の3大資源と言われます。その中でもヒト、すなわち人材は企業を持続的に成長させるためにとても重要な”資源”です。学生の皆さんにはあまり聞く機会がないかもしれませんが、企業では人的資源の活用を「HR(Human Resources ) 」と呼びます。人材をうまく生かす企業経営を支える1つのトレンドとして最近注目を集めているのが、ITとHRを連携させた「HRテック」と呼ぶ取り組みです。今回は、このHRテックについて、見ていきましょう。
キャリアマップ編集部 文/ITジャーナリスト・ライター 岩元 直久
キャリアマップ編集部 文/ITジャーナリスト・ライター 岩元 直久
人事・労務業務をテクノロジーで効率化する
皆さんが社会に出たと想定して考えてみましょう。まず就職活動をしているときには、人事部門の人と連絡を取り合います。内定の連絡をもらい、雇用契約を交わすような労務手続きの場面でも人事部門の人との間で手続きを行います。晴れて入社した後は、人事部門から研修や配属など の連絡が来ます。そして、毎日の出勤や退勤の情報を管理し、人事評価をするだけでなく、外出や出張の交通費の精算、年末調整の手続きなど、人事・労務の業務は幅広く企業活動に関わっています。社会に出てみないと気づきにくいことですが、人事・労務、さらに福利厚生といった共通 部門の仕事は、 企業が健全に活動していくためにどうしても必要なものなのです。
ちなみに学校も、先生が教えるだけでは成り立ちませんよね。先生を集め、生徒を集め、カリキュラムを組んで出欠を管理し、授業料を集めて必 要な支払いをするなど、「教える」以外にも多くの機能があって、それらが複合的に組み合わさった結果、学校が成り立っています。企業でもモノを作ったり、売ったりという仕事のほかに、安定して働くための環境を支える仕事があるのです。
こうした人事・労務の業務は、企業にとって直接の収益を生み出すものではありません。それでも手間のかかる作業がたくさんあります。デジタルネーティブ世代と呼ばれる皆さんも、会社に入るといまだに紙の書類が多く使われていることに直面するでしょうし、表計算ソフト「Excel」のファイルで業務を管理しているような場面にも遭遇するはずです。こうした状況下では誰かがデータをPCに打ち込んだり、ファイルのデータを管理したりしています。収益を生み出さないからといって、人事・労務の積み重なる業務をすべて人間がこなしていては、企業の業務効率は上がりません。そこで、人事・労務の業務をITで効率化するようになってきています。人的資源の活用するHR(Human Resources)の分野でのIT(Information Technology)の活用ということで、「HRテック」と呼ばれているわけです。
こうしたHRテックの重要性が高まってきたことの1つの要因には、コロナ禍による働き方の変化があります。以前のように会社員が毎日のようにオフィスに出社して仕事をするワークスタイルなら、出退勤時刻の記録に専用の用紙と機器を使う「タイムカード」も、交通費精算や各種の届け出に関する紙の書類も、特に問題なく使えていたかもしれません。しかし在宅勤務などのリモートワークが広がり、出社しない状況でさまざまな管理業務をこなすには、IT化が不可欠になってきたという側面があるのです。
人事・労務業務の効率化と従業員の活性化に期待
HRテックが、企業の運営に不可欠な人事・労務の業務を効率化してくれるだろうということはわかってきました。それでは、人事・労務の業務のどのような部分がHRテックに置き換わっていくのでしょうか。
HRテックの対象範囲は、大きく「人事・労務業務の効率化」と、「従業員エンゲージメントの向上」に分けられます。前者は、さまざまな管理の業務をIT化することで、少しでも仕事を楽にしていくためと考えれば良いでしょう。後者は、会社で働く人たち(=従業員)が会社の方針や考えに対して共感して貢献したいと思う気持ちを高めようというものですでは、それぞれについて、少し詳しく見ていきましょう。
人事・労務業務の効率化では、これまでの業務をIT化したシステムに置き換える動きが進んでいます。例えば、新卒の社員や中途の社員の採用では、Webの就活サイトに求人情報を出してエントリーシートを提出してもらい、書類やオンライン、リアルの面接などの選考を経て、内定を出し ていきます。こうした作業は「採用管理システム」を導入することで、Webの就活サイトなどと連携して効率的に進められるようになっています。出退勤管理も、PCやスマートフォンから出退勤時刻にボタンを押すだけで記録され、システム上で手軽に管理できるような「勤怠管理システ ム」が使われています。「給与計算システム」もHRテックの1分野です。
そして、こうしたシステムは以前ならばアプリケーションを購入して自社のシステムに組み込む利用法(オンプレミス環境)が中心でしたが、今ではクラウド型のサービスへと移行しています。クラウド上の人事・労務サービスを利用するだけで、人事部門や労務部門が手間をかけていた業務がシステム上で、手軽かつ低コストで実現できるのです。サービスはインターネットがあればどこでも使えるので、勤怠情報を入力する従業員はもちろん管理をする側の人事・労務部門の担当者も自宅などから作業ができます。また感染症の状況次第で在宅勤務が必要になったときに業務が継続できる仕組みとしても、クラウドサービスの利用は有効です。
もう1つの従業員エンゲージメントの向上は、会社側の管理を効率化する側面とは少し異なります。皆さんがこれから働く会社での生活をより良く、自分にあった形で仕事ができるようにするために、ITを活用すると考えると良いでしょう。
自分に合った仕事を健康的に進めるために
従業員エンゲージメントの向上には、タレントマネジメント(人材管理)や教育・育成、健康管理などの幅広い分野が関わってきます。
せっかく仕事をするなら、皆さんも興味がある、もしくは能力を開花できそうな分野で活躍したいですよね。「タレントマネジメントシステム」は、働く人の多様な情報を組み合わせて、最適な働き方や配属先を検討することに役立ちます。これまでの仕事の内容、評価や自己申告の情報、獲得したスキルなどを情報として収集・管理。人事異動の際に適した部署を見つけ出しやすくします。直属の上司の評価だけで人事異動が決まるということではなく、客観的な情報に基づいた人事異動があれば、安心して働けるのがメリットです。PCなどで業務をしているときの操作の仕方などをデータとして分析することで、より客観的に働き方やスキルを把握する手法も採用されています。
教育・人材育成面では、すでに学校でも採用されているようなeラーニングなどのシステムが企業で以前から導入されています。研修や最近話題になっているリスキリング(学び直し) などに効果をもたらしています。HRテックの中でも今後の従業員エンゲージメント向上に期待されるのが、健康管理やストレスチェックへのテクノロジーの応用です。体温や体調など従業員のバイタルデータを登録していくことで、健康状態を推定して健康リスクがありそうならば注意を促すようなことができます。PCの操作の状況やカメラ画像から、健康状態やストレスの状態をAI(人工 知能 )が分析して、上司や本人が危険に気づく前に警告してくれるような仕組みも生まれています。気づかないうちにうつ状態になっていたり、仕事への意欲が失われてしまったりしたら、本人にも会社にも大きな損失です。HRテックはさまざまな分野で、従業員と会社をサポートしているというわけです。
人事・労務の話なんてピンと来ないと思った学生の皆さんも、働き始めたら必ず触れることだということを少し感じていただけたでしょうか。HRテックと皆さんとの関わりは、3つほどの視点で考えられそうです。
1つ目には人事・労務部門の業務がHRテックで効率化された企業ならば、出退勤やさまざまな届け出などの業務が少ない負担でできそうということ。2つ目には、従業員エンゲージメントの向上にHRテックを活用している企業ならば、より良い働き方ができる可能性が高そうだということ。そして3つ目は、皆さんが学んでいるテクノロジーが将来的にHRテックに関連した分野で働く人たちの幸せに貢献できるかもしれないということです。HR分野でもテクノロジーの活躍の場があることを少しでも記憶にとどめてもらえたら、いつかどこかで「ああHRテックが役に立ってくれているな」と感じることがあるでしょう。