年に1回、調理師学校の先生・学生をはじめ、関連する各方面の人たちが集まり、さまざまな知識をインプット・アウトプットする場である調理技術教育学会。今年の夏に開催された学会第3回学術大会の中から、3つをダイジェストにして、3回シリーズで紹介します。
第3回の今回は、「ジビエ」をテーマにした講習会。担当は以下の方々です。
・「オーベルジュ・エスポワール」オーナーシェフ、(一社)日本ジビエ振興協会の代表理事 藤木徳彦さん
・麻布大学 生命・環境科学部教授 三宅司郎先生
・東京調理製菓専門学校 西洋料理・柘植末利先生、日本料理・木下圭介先生、中国料理 原田美穂子先生
講習会の内容は、以下の通りです。
1) ジビエの概況と安全に扱うルールの整備(担当:藤木さん)
2) ジビエの衛生管理(担当:三宅先生)
3) ジビエの解体実演、火入れ(担当:藤木さん)
4) 鹿肉の試食料理の調理法、試食(担当:東京調理製菓専門学校の先生方)
ここではその講習会の内容と、筆者(食のライター・柴田)の感想をお伝えします。
1)ジビエの概況と安全に扱うルールの整備
ジビエの衛生基準と「国産ジビエ認証制度」
◆藤木さんの原体験〜破棄される野生動物を減らしたい!
蓼科高原にあるフランス料理の「オーベルジュ・エスポワール」オーナーシェフの藤木さんは長年にわたり自分の店の近隣で獲れるジビエを扱ってきた、日本有数の「ジビエ通」のシェフとして知られています。
藤木さんのジビエに関する深い知識は料理に限らず、その前段階――野鳥や野生の獣を仕留め、解体し、店に届くまで――にも及びます。そして藤木さんは、国産ジビエの活用に情熱的に取り組んでいます。
なぜ、こんなにジビエに入れ込むようになったのか? 藤木さんはそのきっかけをこのように話します。
なぜ、こんなにジビエに入れ込むようになったのか? 藤木さんはそのきっかけをこのように話します。
「近くの森の中で、たくさんの鹿が穴に捨てられ、埋められるのを見たのです。それらの鹿は、料理に使いやすい背ロースの肉だけ外され、あとはゴミとなって破棄されていたのです」
「調理方法がわからずにロースしか使ってもらえない現状が、料理人として調理方法を伝えて無駄なく使ってもらえるように働きかける活動のきっかけになりました。猟師さんからも『殺生はただ殺すのではなく、殺して生かす』のだと教わりました」
ハンターの高齢化や耕作放棄地の増加など、さまざまな要因により、鹿や猪が増え、農作物被害が増加しました。そのため、獣害駆除が増えたため、捕獲数も増加しました。
それに伴い、国は、駆除される鹿や猪の「食肉としての利用」、つまり「ジビエとしての利用」を奨励するようになります。
◆ジビエ取扱いのルールが進化
こうした流れの中、2014年にはジビエを扱う際のガイドラインが、厚生労働省により制定されました(「野生鳥獣肉の衛生に関する指針(ガイドライン)」)。
これにより、ハンターによる鳥獣の捕獲から、人の口に入るまでの各段階で、どのように鳥獣を扱うのが適切か、具体的な管理方法が示されたのです。
「とはいえ、これはガイドラインであり、強制力はありません。全国に700ケ所近い野生鳥獣の食肉処理施設(さばく施設)がありますが、その中には、このガイドラインを守っていないところもありました」
そんな中、2018年には「国産ジビエ認定制度」が制定されます。
これは、国産ジビエの安心、安全を国が担保するもの。「ジビエの活用を促進したいという、国の強い意志がみてとれます」
具体的な内容としては、処理施設(さばく施設)で、2014年制定のガイドラインが守られているか、農林水産省に登録された認証機関がチェックをします。
それをクリアし、認証を受けた施設から出荷されたジビエは「認証マーク」をつけて販売できます。これにより、一目で安心安全なジビエがわかるようになりました。
「2022年8月現在で、認証を取得した施設は全国で31ヶ所。来年にはさらに増える予定です」
2) ジビエの衛生管理
菌の付着を徹底的に制御し、しっかりと火を入れよう
次いで、三宅先生によるジビエの衛生管理についての講習が行われました。
「家畜もジビエも、人間に重大な病気を引き起こす細菌やウイルス、寄生虫などを持っている場合があります。本日は、その中でも多く見られる細菌を例に挙げて衛生管理の考え方について解説したいと思います」
「それぞれ、どれくらいの割合で細菌が常在しているか、腸管出血性大腸菌を例に見てみましょう」
・健康な家畜の牛 10〜20%
・鹿 16%
数値としては、あまり変わりません。「この数値からも分かるように、ジビエだからといって極端に恐れる必要はありません。とはいえ、家畜では、と畜の際の流れやルールが法律でしっかりと管理されている一方で、ジビエではそこまで整備されていません。よって、ジビエを処理する際は、さばく人の一人一人が適切に処理するよう、厳しく取り組むことが大切なのです」
たとえば、鹿では「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に沿って以下のような手順を遵守することが大事。
1) 皮を剥ぐ
2) 食道を紐で括り、内容物が漏れないようにする
3) 直腸を紐で括り、内容物が漏れないようにする
4) さばいた肉の金属検出
※そのほか温度管理、器具・施設の殺菌と洗浄なども行う
「腸管出血性大腸菌やサルモネラなどの細菌は、存在するとしたら腸の中です。そのため、腸内の内容物が漏れないようにすることが大事です」
「同じ理由で、仕留める際に鉄砲の弾でお腹を傷付けたジビエは非常に危険です。安全性を考えると、一番は、信頼できるジビエ業者から仕入れることが大事ということになります」
レストランに仕入れたら、保管の際のゾーニングも行います。これは、ジビエ以外の肉の場合と感覚は同じです。「交差感染の制御。そこにも神経を使いましょう」
そして「調理の際には、充分に加熱することも非常に大切です」とも。「この後、藤木さんからも説明がありますが。“65℃で15分”は守りましょう。時間をかけ、長く加熱します」
野生で育ったジビエは、家畜のように飼育段階で管理されていません。牛、豚、鶏の生食ですら危険なのですから、ジビエの生食も当然、あり得ません。加熱調理は必須です。
「先ほども言いましたが、ジビエは極端に恐れる必要はありません。ただし、“信用できるジビエ業者から仕入れる”、“加熱はしっかりと行う”、“交差汚染の制御”が重要。レストランの方々は、この3つはぜひ覚えておいてください」
3) ジビエの解体実演、火入れ
部位の特徴を知って、適切な調理で生かしきろう
◆一頭の鹿をさばく
藤木シェフは今回の講習のために、鹿の枝肉(内臓と皮を除き、頭などを切り離した状態)を用意しました。そして実際にそれをさばきながら、部位の特徴を説明していきます。
「鹿や猪といったジビエでも、牛や豚といった家畜でも、ロース、バラ、腿などにカットされた部位を見たことがある人は多いと思います。しかしプロならば、もともとどのように動物の身体を形作っていたかを知ってほしい。そうすれば、なぜヒレ肉が高価なのか? それは、ヒレ肉が一頭から本当に少ししかとれないから。また、肉にはなぜ固い部位と柔らかい部位があるのか? よく動かす筋肉は固く、動かさない部位は柔らかいから、などがわかります」
「こうしたことから知れば、部位に合わせ、部位の特徴に合った料理を考えることができます。それができてこそ料理人です。食材に向き合い、観察するのが大切です」
そんな言葉の後、いよいよさばきはじめます。
まずは前脚を胴体から外します。「万歳させた状態で包丁をあて、筋を切ります」。
次いで後ろ脚をはずします。股を広げた状態で包丁を入れ、骨盤と大腿骨をつなぐ関節を切ってはずします。「この形、見たことがあるでしょう? 生ハムです。豚も鹿も身体の構造は同じなので、応用しながら理解してもらいます」。
胴体に移ります。まずは背中の内側に左右で2本あるヒレ肉を取り出します。「約40㎏の鹿からヒレは1本約150g、1頭から約300gしかとれません。だから高いんですね。また、ヒレはあまり使わない筋肉なので、とても柔らかいです。ぜひ、肉本来の旨みを楽しめるステーキやローストに」
「なおヒレ肉は、一番内臓と接している部位です。腸と近い。そのため仕留めた後、内臓を速やかに除かないと内臓臭さが一番早く移ってしまいます。処理の仕方次第で、貴重な部位であるヒレが台無しになってしまうのです」
次いで、横隔膜(ハラミ)をはずします。「ハラミは、分類としては内臓。厚生労働省としては『なるべく食べないで』とされています」。またバラ肉もはずします。「鹿のバラ肉は薄いのが特徴です」
背骨を挟んで両脇にあるのが、背ロースです。背骨に沿って包丁を入れ、はずします。「きめ細かくやわらかな肉質で、1頭からとれる量が少ないため希少な部位です」
腿肉に戻り、これを分割します。「大腿骨に沿って包丁を入れ、骨を露出させます。そして内腿、外腿、シンタマに切り分けます」
「この中で一番柔らかいのは内腿。一方シンタマはきめ細かい肉質で、内腿にも似ますが、真ん中に通っている2本の筋を除く必要があります。そうすれば一口カツや煮込みにおすすめです。外腿は硬めですが味が深く、煮込みやコンフィに向きます」
前脚もさばきます。「スネは、よく動かしているので肉の旨みが濃い。じっくりと長時間煮込むと、プリプリとした食感と旨みを楽しめます」
以上が、鹿の解体の概要です。「動物の身体の作りを見てほしい。そして肉とは筋肉のことなので、硬い、柔らかいがあることを理解してください。そして、硬い部位はどうしたら美味しく食べられる? 圧力鍋で煮る? ということなどを学生を対象にした講習会では話したり、献立を考えさせたりしています」
また、レストランで働く場合、やはり一頭からさばく技術を持っていると強いと話します。「なぜなら仕入れのことを考えると、一頭丸々で買うのが一番安いから。分ければ分けるほど高くなります。なるべく大きく仕入れる方が、利幅がいいです」
◆鹿のロース肉を焼く
今回は鹿のロース肉を焼きながら、ジビエの火入れに関する注意点を説明してくださいました。
「ロース肉は、脂肪がついていない赤身です。筋肉なので加熱すると縮みます。ゆっくり、やさしく加熱するのが鉄則。冷たいフライパンにバターと鹿肉を入れ、弱火で加熱し、途中でバターをスプーンで肉の上からかけながらじっくり火を入れます。こうすると肉の乾燥を防ぎ、またバターの熱で肉の上からもやさしく熱せられます」
また、安全な加熱温度については、「ガイドラインでは、中心温度が75℃で1分間と言われていますが、それだとパサついてしまいます。65℃で15分間だと、それと同等の加熱条件になるので、こちらを目安にするとしっとりと仕上がります」
「安全性を厳守しながら、肉の性質を理解した火入れで、よりおいしく食べていただきたいですね」
4) 鹿肉の試食料理の調理法、試食
バリエーションに富んだ火入れと味付け
今回、鹿を用いた西洋料理、日本料理、中国料理が1品ずつ紹介されました。担当なさったのは、東京調理製菓専門学校の先生方です。
◆鹿肉のグランヴェヌール風 〜西洋料理 柘植末利先生
ローストした鹿のロース肉に、ソース・グランヴェヌールをかけ、栗のピュレと洋梨のコンポートを添えた一品です。
柔らかく焼き上げたロース肉に、濃厚な旨みとグロゼイユ(赤スグリ)の風味のあるソースがよく合います。付け合わせも、秋の季節感を演出します。
柘植先生は、ヨーロッパでの鹿肉にまつわる思い出も話してくださいました。
「30年以上前のことですが、私はドイツの温泉地、バーデン・バーデンの近くにあるミシュラン二ツ星のレストランで働いていました。そこは、15分も歩けばシュバルツバルト(黒い森)という自然豊かな場所にある店。野生の鹿がたくさん獲れるジビエの時期(秋冬)には、本当にたくさんの鹿を調理したのを覚えています」
◆鹿肉のローストの握り寿司 〜日本料理 木下圭介先生
ローストした鹿ロース肉のスライスをのせた寿司です。寿司飯とロース肉の間には、鹿のだしがベースの甘辛い「詰め」が塗ってあります。ウニ、実山椒、花穂紫蘇をのせて、仕上げです。シンプルな中で詰めが味のアクセントとなり、仕上げの要素も香り豊か。鹿ロース肉の旨みとしっとり具合も印象的です。
こちらの料理では、鹿ロース肉の下処理と加熱に工夫があります。「鹿肉を、焼いた鹿の骨からとるだし、昆布だし、炭酸水、塩とともに真空パックにして4時間漬け込みました。鹿のだしのゼラチン質を肉に入れ込み、また水分を酸性に持っていくことで保水性が高まるのです。これを、68℃40分間の低温調理で加熱しました」
「鹿肉の寿司」というと一見変わったイメージですが、鹿肉の特徴がよく出て、かつ全体の一体感のある、バランスのとれた一品でした。
◆紙包炸嫩鹿里背 〜中国料理 原田美穂子先生
厚みのあるスライスにした鹿ロース肉に、オイスターソースがベースの合わせ調味料を揉み込み、3種のキノコとともにアルミホイルで包んで加熱した料理です。
その、加熱方法が独特です。「ホイルで包んだ肉とキノコは、高温(200℃)の油に浮かべ、上からも油をかけながら加熱します。油を使ってはいますが、ホイルに包まれているので、肉とキノコは実際には蒸し焼き状態となるのです」。また、「油で加熱する時間は35秒、その後は余熱で3分間。油から出した時点で肉の芯温は70℃に達しているので、ジビエに必要な3分間70℃の加熱が維持できます」
なおこの料理の特徴は、高温の油で一気に蒸し焼きにできること。この高温短時間の加熱のおかげで、素材と調味料の味と香りがパッと開きます。「この調理法、実は伝統的な技法なのです。昔はアルミホイルの代わりに紙を使っていました」
ただし肉の火入れに関しては、現代性を意識しています。「今回はミディアムに仕上げました。そこは、しっかりと加熱する昔とは違うところだと思います」
伝統技法による中国料理の奥深さと、肉の火入れの現代性が調和する、魅力あふれた一品でした。
ジビエの講習会を聞いて
魅力的な素材だからこそ、安全性には注意したい
まず実感できたのが、鹿肉一頭からこれだけたくさんの部位がとれるということ。どうしてもロースがポピュラーですが、他の部位も使い尽くして、さまざまに異なるおいしい料理を作っていただきたい、食べてみたいと思いました。
そして近年、ジビエはどんどんポピュラーになっている割には、知識や法整備が普及していなかったのが現状だと講習を聞いて知りました。三宅先生の説明から、そのことが深く実感できました。
また藤木さんが冒頭で話したように、命を無駄にしない姿勢は料理人には必須です。ジビエは、そうした、料理人の根本にも関わる素材だということが、講習を聞いて実感できました。
そして、東京調理製菓専門学校の先生方による鹿ロース肉の料理のおいしさも、非常に印象的。ジビエ肉の広い可能性を感じさせてくれました。