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年に1回、調理師学校の先生・学生をはじめ、関連する各方面の人たちが集まり、さまざまな知識をインプット・アウトプットする場である調理技術教育学会。今年の夏に開催された学会第3回学術大会の中から、3つをダイジェストにして、3回シリーズで紹介します。
年に1回、調理師学校の先生・学生をはじめ、関連する各方面の人たちが集まり、さまざまな知識をインプット・アウトプットする場である調理技術教育学会。今年の夏に開催された学会第3回学術大会の中から、3つをダイジェストにして、3回シリーズで紹介します。
第2回の今回は、「調理師のキャリアの多様性」をテーマにしたパネルディスカッションのダイジェスト。障害者施設の調理担当、業務用スープやフォンを作る企業の開発職、調理師学校の教員として料理に関わる職業に就く方々が登場。それぞれの仕事の魅力や特徴について議論しました。
ここではその議論の内容と、筆者(食のライター・柴田)の感想をお伝えします。
モデレーター
三宅健介氏(公益社団法人日本料理研究会会長)
パネリスト
岩田辰也氏(社会福祉法人金木星の会 金木星の郷)
渡辺惇氏(キスコフーズ株式会社)
種村勇児氏(東京調理製菓専門学校)
「レストラン以外の道」3つを紹介
三宅健介氏(以下、三宅) コロナで飲食業界は大きな変化を迫られました。緊急事態発令の最中などでは営業が制約され、レストランという「場所」が使えなったことは記憶に新しいと思います。そこでテイクアウト、デリバリー、通販、ゴーストレストランなどが増加しました。
また、社会状況を見ても、高齢化、人手不足、テクノロジーの変化、SDGs、地方創生……など、食に関わる課題や話題に事欠きません。
このように、飲食業界を取り巻く環境が変化する中、当然、調理師としてのキャリアデザインも変わってくるでしょう。たとえば、調理師学校を卒業したらレストランに就職してシェフや独立開業をめざす……という従来のイメージとは異なる道を選ぶ人が増えるかもしれません。
そこで、今日は3つの異なるキャリアの持ち主にご参加いただいています。障害者施設「金木星の郷」で調理師としてお勤めの岩田辰也さん。東京調理製菓専門学校で教員として実習のアシスタント業務を担う種村勇児さん。そしてキスコフーズ株式会社でフォンやブイヨンの開発の仕事に就かれている渡辺惇さんです。どうぞよろしくお願いいたします。
でははじめに、今の仕事に就いた経緯と、お仕事の内容を教えてください。
岩田辰也氏(以下、岩田) 障害者施設で働いています、岩田です。年齢は60歳です。
もともとはフランス料理の料理人で、妻と店を開くことを目標に個人店で朝から晩まで修業をしていました。ただし、正直、お給料と勤務時間の面でキツいものがあり、安定した収入や規則正しい勤務で働ける施設への入社を決めたのです。
具体的な仕事の内容としては、遅番の場合は翌日の朝食と当日の夕食の仕込み、夕食の仕上げ、提供、片付け、厨房の掃除…という流れで日々働いています。
この施設の特徴としては、食に力を入れていて「おいしいものを召し上がってほしい」という考えでいること。材料には十分に予算をかけ、安全、安心、満足を心がけています。
調理技学校を卒業した時点でのやりたかったこと、今就いている仕事は違いますが、いわゆる健常者の方々のためだけに食事を作るのが料理人ではありません。私が勤めているような障害者施設でも活躍の場はいくらでもあり、今は、この施設での仕事に誇りを持っています。
種村勇児氏(以下、種村) 種村です。東京調理製菓専門学校で、教員をしています。現在、2年目です。
自分は在学時にフランス留学して、言われた通り忠実に課題に取り組む日本人、言われたことを無視してでも自分の好きなように作るフランス人、という差に驚いたことがあります。そして出来上がった料理に対して日本人はコンスタントに「いいね」と言われる。一方、フランス人は10回に9回ダメ出しされても1回は「最高に素晴らしい!」と言われる。
そんな経験を通じて、料理は自由でなことが大事で、本来はこんなに楽しいんだ! と知りました。それを生徒に伝えたいと思っています。
と同時に、私が特に強く思っているのが、クラシックな技術を知ってほしいということ。見た目だけではなくしっかりとしたベースの技術があって、その上で自由な料理ができるからです。
また、学校でローズマリーなどのハーブを栽培し、実習に使う、ということもしています。実際に収穫することで、食材を大切にする習慣につながれば、と思っています。
渡辺惇氏(以下、渡辺) 渡辺です。キスコフーズという業務用のスープやフォンを作っている会社で食品開発の仕事をしています。新卒で就職して10年目になります。
弊社のスープやフォンは一流のホテルやレストラン、味に強くこだわるチェーン店などに使っていただいています。材料から厳選し、ていねいな調理をし、高い品質で付加価値をつけることをモットーにしている会社です。
私は調理師学校で就職活動をする時から、食品企業での開発を志望していました。周りの多くの人とは違った道でしたが、開発の仕事がとても面白そうと感じたのです。
実際に就職して「この仕事、想像以上に厳しいな」と思ったのは、お客さまであるホテルやレストランの方々に採用していただくものを作るのが非常に大変だとうこと。また、OKいただいたフォンは10ℓ単位で作ったものでも、実施に製造するのは1t規模ということもあります。それで同じ味を出す苦労もありますね。ひたすら「おいしい」の一言をいただくために開発に当たっています。
なお開発の仕事は、同じものをコツコツと毎日作り続けるものです。それが自分には向いていると感じています。
喜びを提供できるのが、食の仕事のやりがい
三宅 みなさんが仕事にやりがいを感じるのはどのような時ですか?
岩田 やはり、入所者の方々が、料理をおいしそうに召し上がってくださる時ですね。完食、おかわりも嬉しいです。みなさん、おいしいと表情にストレートに現れますので、それを見るとやりがいを感じます。
普段からは、食中毒防止に細心の注意を払うのはもちろん、栄養のバランスをとりながらおいしく、安全な料理を作るよう工夫しています。
また高齢者の方には、それぞれの状態に合わせた料理が必要となります。飲み込む力の弱った方々には、お粥状のご飯や流動食が必要となり、こうした料理はおいしく作ろうとすると手間がかかります。でもそうした手間が報われるのが、みなさんの完食や笑顔です。
このように入所者の方々の健康に対する責任を担い、喜びを感じていただく食事を作るという仕事は、社会的な意義も強いものです。それだけ、やりがいもあると感じています。高齢化社会が進むこれからの時代はなおさらです。ぜひ興味を持ってほしいと思います。
種村 やりがいは、学生が楽しそう、おいしそうに実習をしているのを見ると感じます。最初は料理に対する情熱がさほど高くない学生もいるのですが、彼らも食べている時はおいしそう(笑)。そうした学生が、少しずつでも料理に興味を向けていくのを見るとやりがいを感じますね。
自分としては、先ほども言いましたが、学生たちにクラシックの大切さを教えることに情熱を持っています。フランス料理だったら、ソースの重要性は理解してほしい。今の時代ではなかなかクラシックなソースを作る機会はないかもしれませんが、学校では本質を追求してほしいのです。
渡辺 この仕事は、ホテルやレストランのフォンやスープ作りを代わりに受け持つものですので、それらの施設での人手不足や労働環境の改善にも役立っています。そうした意義のある仕事をしているのは、やりがいを感じる点です。
また個人的な喜びとしては、学びが多いことも挙げられます。私の先輩や上司は、ホテルの料理人出身の方々が多いです。ホテルでは、特にフォンやソースに関してベーシックな調理技術をしっかりと身につけますので、先輩や上司からそうした本格的な仕事を教えてもらえるのは喜びです。
あとは、これも個人的な話ですが、自分の作ったフォンやソースを使って下さっているレストランを訪れ、食事をする時も嬉しいですね。家族三人で食べに行って、「これは僕が作ったソースだよ」なんて言っています(笑)。
卒業前に、生徒に業界の厳しさも伝えるのが大事
三宅 それでは会場のみなさんから質問がありましたら、お願いします。
(会場より) 3人皆さまにお聞きします。調理師専門学校を卒業しても、30%が3年以内に料理の道を辞めてしまうと言われています。その点についてはどうお考えでしょう。
種村 私の周りも、実際、同級生で今料理に携わっているのは20〜30%くらいでしょうか。
やはり、包み隠さず「料理の仕事は厳しいけれど学びになる。とてもいい経験」と伝えるのがいいのではないでしょうか。そして就職関係の先生が、今日のみんなのような仕事の選択肢を示してくださると、食に関わる仕事に長く就く卒業生を増やすことができるのでは、と思います。
渡辺 そうですね、私もそう思います。送り出す側の学校が「多くの働き先があるよ」ということを教えてくれるといいと思います。知らない生徒が多いように感じますので。レストラン志望の生徒が主流かもしれませんが、会社で開発の仕事をしたい生徒も中にはいるはずです。
岩田 私が学校を卒業したのが40年前で、その時は、レストランに就職し、安い給料で朝早くから夜遅くまで働くのが当然。今はそんな時代ではないので(笑)。
三宅 受け入れる側が透明性を持たせて、仕事内容だけでなく厳しい面も伝えるのが大事なのでしょうね。
では最後に、3人のみなさんのこれからの目標を教えていただけますか。
岩田 私は65歳で定年ですが、やりがいのある仕事ですので、体力が続く限りできるだけ長く働きたいと思っています。それが目標です。
渡辺 今の開発の仕事は、まだやりきれていないと感じるので、満足できるまでやりたいと思っています。そして将来的には、この会社で学んできたことを生かして、何かしらの形で自分のレストランを構えたいです。レストランで修業してきた方々とは違った角度から業界を見てきたので、その上でお客さまに満足いただけるものを作ることができるといいな、と思っています。
種村 フランス料理のおいしさと技術を教えていきたいです。また畑仕事で野菜を育て、料理に使って食べる授業もやりたいですね。食材を作るところからできると、生徒にとってこの先も役に立つ経験になると思うのです。
三宅 ありがとうございます。
料理人の仕事は、頭脳労働、肉体労働の側面がありますが、何よりも感情労働だと私は考えています。感情労働とは、顧客を特別な心理状態に導く労働のこと。そこに魅力あるはずです。
食の分野における感情労働のフィールドは広がっていると感じます。3人の皆様のお仕事も、その例です。
今日はそうしたお仕事のやりがい、厳しさを直接お聞きできたことはとても貴重な機会でした。このパネルディスカッションを聞いてくださった方々の刺激や発見につながることを期待しています。本日はありがとうございました。
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パネルディスカッションを聞いて
〜先生も生徒も、広い視点で将来の道を考えよう!
料理人というとレストランで働くイメージが強いですが、柔軟な心で社会を見回せば、食の専門知識を生かせる仕事はたくさんあります。岩田さんの職場である障害者施設も、渡辺さんの職種である開発職もその例です。
また種村さんの職種である「教育」も、料理人の世界の充実に欠かせないことは言うまでもありません。
料理業界やレストラン業界では長年にわたり「修業がひと段落した料理人向けの学校」、つまり「卒業者向けの調理師学校」の必要性が語られ続けており、形になりつつある例も見られます。従来の調理師学校も、こうした新しい学校も、これからは多彩なキャリアを示す教育内容――それこそ、レストラン修業してきた料理人に施設や開発職の可能性を示したり、その逆も――が求められます。
このパネルディスカッションで多様な現場の3人の方々の話を聞きながら、教育機関と現場の連携の大切さを実感しました。生徒の皆さん、ぜひ広い視点で将来の道を考えてみてください! そしてさまざまな選択肢を、どんどん先生に聞いてみてください。