食の世界で、「聞いたことはあるけど詳しくは知らない」「今さらだけれど実はわからない」という言葉はたくさんあるはず。この連載ではそうした言葉の中から、食のこれからを知るキーワードを説明。今回は「シェフと発酵」を取り上げます。
vol.3 発酵① シェフと発酵
トップシェフたちがこぞって取り入れる「発酵」
発酵は、人類が昔から食に活用してきた伝統的な技術です。その一方で発酵は今、世界のトップシェフたちの間で旬のトピックとなっています。なぜ今、シェフたちが発酵に注目するのか? その背景と発酵食品の伝統について、4回シリーズでみていきます。初回の今回は、全体を概観します。
発酵の原点は地域に根ざした伝統文化
発酵とは、微生物の働きによって食材を分解させること。その結果、食材の保存性を高める、栄養素を増やす、栄養素の吸収率を上げる、味を良くするなどの効果を得ます。
人類は長い歴史の中で発酵食品を発展させてきました。発酵により、冷蔵庫のない時代でも食品を長く保存することが可能になり、また、数多くの旨み豊かな食品も生み出されてきました。
そして世界には、さまざまな伝統的な発酵食品があります。
日本では、味噌や醤油、酢などの調味料は非常に身近な発酵食品です。ぬか漬けなどの、少し酸っぱい漬物もそう。変わったところでは、フナを発酵させた鮒鮓(ふなずし)なんてものも。日本と同じ東アジアということでは、韓国のキムチも、麻婆豆腐に欠かせない豆板醤も伝統的な発酵食品です。
一方、ヨーロッパではヨーグルトやチーズといった、乳製品の発酵食品が多く作られてきました。野菜では、ザワークラウトやピクルスがそうです。生ハムやサラミなど、肉の発酵食品もあります。
そしてこうした伝統的発酵食品は地域性が強く、非常に種類が多いのです。
たとえば、日本の味噌はその好例です。九州や四国では麦が原料の甘味噌がポピュラー。また京都では、米と大豆で作る甘い白味噌は名物となっています。愛知県で作られる大豆が原料の八丁味噌は、濃い茶色とギュッと引き締まった旨みが特徴。信州味噌は、穏やかな茶色でまろやかな旨みの味噌で、戦後一気に全国的にポピュラーになりました。そのほか新潟や東北地方にも越後味噌、仙台味噌などがあります。
それは、イタリアにおけるサラミでも同じです。北から南までのさまざまなエリアで独自のサラミが作られており、ごく近い地域であっても「山を越えたら風味が違ってくる」と言われています。それほど、発酵食品は地域とその気候風土に根ざしているのです。
北欧のトップレストランではじまった、調理手法として発酵
発酵食品が世界のグルメなレストランの間で旬な存在となったきっかけは、まさにその地域性にあります。
2000年代後半以降、世界のトップレストランでは、「食で地域性を表現する」という哲学が尊重されるようになりました。
その中でも、北欧のレストランは、自分たちの土地の伝統的食文化をクリエーションに取り入れることに対して、非常に積極的でした。そしてとりわけ、発酵の伝統を強調する傾向にありました。「北に位置する北欧諸国は、短い夏に採れる食材を保存する必要性が他のエリアに比べ非常に高かった。そこで保存食品、発酵食品が発達した」と世界に向けて強く発信したのです。
ただし彼らは伝統的な発酵食品をそのまま料理に使うというより、発酵のメカニズムを用いて料理の旨みを増す、複雑で奥深い風味を作る、ということをしていました。つまり、調理技法の一つとして発酵を取り入れたのです。
たとえば、料理に酸味をつけるには酢や柑橘の果汁を使うことが通例でしたが、彼らは北欧にある野菜を独自に乳酸発酵させ、その漬け汁を調味料として使う、といったことをしました。そうすると、まろやかで奥深い風味を持つ酸味が得られるのです。また、使う野菜や発酵させ具合によって酸味のバリエーションは無数にありますから、発酵は、自分の料理のオリジナリティを表現する際のとても有効な手段になりました。
このようにして、「発酵といえば北欧」というイメージが世界のトップレストランの間で強まることになりました。その牽引役となったのが、デンマークのコペンハーゲンにある「ノーマ(noma)」です。
ノーマは発酵の研究をさらに推し進め、もともとは北欧の伝統になかった発酵食品も含め、世界中の伝統的な発酵食品の研究をはじめました。つまり、ここにきて「北欧の地域性としての発酵」という枠組みを超え、調理技術としてより広く追究するようになったのです。もちろん、その成果も料理にどんどん取り入れました。
彼らが取り入れた発酵には、日本の麹菌を用いた味噌の発酵(ふくよかな旨みが得られる)や、イタリア南部でポピュラーな魚を発酵させた調味料「ガルム(魚醤)」(強烈な凝縮感のある旨みが得られる)もあります。
そんなノーマは、発酵をテーマにした大著も出しています。
The Noma Guide to Fermentation(2018年刊行)
日本語翻訳版 『ノーマの発酵ガイド』
発酵は世界のどの地域においても伝統的かつ重要な食文化で、もちろん北欧だけのものではありません。しかし北欧は、その伝統を尊重しながら、シェフの創造性に生かすという新しいあり方を発見しました。その点で、他から抜きん出た存在になり得たといえるでしょう。
世界のレストランへの影響
北欧のレストランは2000年代後半以降今に至るまで、世界の料理界の流行を牽引する存在であり続けています。そのため、北欧のレストランが開発した、発酵を調理手法の一つとして取り入れる動きは、日本を含めた世界のトップレストランに影響を与えました。今や発酵は味作りに欠かせない手法として浸透し、世界の最先端を走るシェフたちがこぞって学ぶ存在になっているのです。
その発酵について、次回からは、
・ヨーロッパの発酵文化
・日本の発酵文化
・現代のレストランでの発酵文化
を詳しくみていきます。