2020年、コロナ禍によって飲食業界は特にこれまでにない逆風下にあり、苦境が続いています。
その中で将来、調理師や栄養士として飲食業界を目指している学生にとっても就職機会の激減など大変厳しい状況にあります。
長年飲食業界の教育や就職支援に尽力し、(公社)全国調理師養成施設協会の会長でもある服部幸應氏から、これから飲食業界を目指す学生たちに対して、ご自身の経験を通じた未来へのメッセージをいただきました。
公益社団法人 全国調理師養成施設協会 会長
公益社団法人 全国調理師養成施設協会 会長
学校法人服部学園 理事長
服部栄養専門学校 校長
和食親善大使 医学博士
服部幸應氏
(プロフィール)
(プロフィール)
1945年東京生まれ。父は料理学校「服部学園」の創立者である服部道政。
1977年、服部栄養専門学校の校長に就任すると共に、1981年服部学園の理事長にも就任。
これまで多数の調理師や栄養士を育成・輩出すると共に、「料理の鉄人」「愛のエプロン」等の人気テレビ番組にも出演したり、「SMAP×SMAP」「「天皇の料理番」「グランメゾン東京」等数多くのドラマ・バラエティ・映画の料理監修や制作にも協力しています。
また全国調理師養成施設協会会長やHATTORI食育クラブ会長など、様々な協会運営に関わることで長年に渡り調理の道を究め、未来の調理師養成に尽力すると共に、食育活動にも注力しています。
―――――――――新型コロナ感染症の流行によって飲食業界を目指す学生にも大きな影響を与えたと思います。 2020年春以降の学校運営はどのような状況でしたか?
【リモート受講で対応】
コロナ禍が急速に広がってきていた20年3月、在校生や入校予定の学生に緊急調査をしたところ、9割以上の学生がリモートで学べる環境がすでにあるという結果を受けて、4月にリモートで入学式を開催しました。
その後、厚生省や文科省などと折衝や調整を重ねたことによって、リモートでの受講をベースにした学校運営を続けつつ、8月からは定員の半分を上限にした調理実習も再開。
リモートに関してはこれまで約90品目に及ぶ魚のおろし方を動画で作成し、YouTube「さばけるチャンネル」に公開しています。
この動画の「鯛のおろし方」の視聴回数は100万PVを超えるほど大きな反響がありました。
年々、料理をする人が減ってきている背景があり、その中でコロナ禍のステイホームで料理に向き合う人が増えたことが大きな理由だと思います。
「自分のペースでじっくり調理法を学べる」点から学生からの評価も高く、今も継続しています。
ただ実習に関しては定員の半分にしたことで、現在24クラスを運営していますが、単純にその倍のクラス分の実習を行わなければならないなど負担の増えていることが課題ですね。
―――――――――学校運営において大変ご苦労されているとのことですが、学生さんを取り巻く就職状況も厳しいのでしょうか?
【厳しい中で『食×薬』など新たな分野を開拓して、将来を見据えた活動も】
飲食業界の多くの企業や店舗では売り上げが激減していて、中には「売上8割減」というところも多々あって、学生採用をストップしています。
一方最近では採用活動を再開している企業も増えてきているので、少なくとも21年春に卒業する学生は100%、就職先への内定が決まっているので、その点は安心していますよ。
しかし本当に厳しくなるのは来年以降で、まだコロナの影響がいつまで長引くのか予断を許さない中、約25兆円の規模を誇る外食産業の売上が今後、さらに減少していくと予想されるので、学園として新たな就職先の開拓に今注力しているところです。
その一つとしては、「食と薬」を組み合わせた新市場を開拓し、栄養士が活躍できる場を作ること。
最近、コンビニなどにも薬や調剤薬局を併設するところが増えているので、栄養士としての知識を将来性のある医薬や健康食品の分野にうまく生かせるようになれば、学生にとって将来、有力な就職先の候補とになると考えています。
―――――――――服部先生はそもそもどのような家庭環境の中で育ち、調理の世界を目指すことになったのですか?
【父に「うまい」と言わせたくて、小学4年生から食べ歩きをする】
父は服部学園の理事長として学校経営に専念していたことから、あまり家にいなかったんですね。
幼少期は主に祖母が面倒を見てくれて、将来調理学校を運営していくために必要な料理に関する原点は、祖母が作る和食にあったと思います。
一方、母は洋食を作るのが得意だったことや、父は職業柄「旬の食材」に対するこだわりが強く、僕もその影響を強く受けました。
例えば一言で鯛といっても春は明石、夏は九州、秋は日本海、冬は犬吠埼など捕れる時期によって場所が異なるなど、そうした「旬の食材に対する知識」も自然と身についていきました。
また小学4年生の時、父から「天丼を作れ」といわれて、これまで得た知識でご飯を炊いて、汁を作って、エビを衣に包んで揚げて、自信を持って作って出したところ、一口だけ食べて「まずい」と言われたことがとにかく悔しくて(笑)。
それから父に「うまい」といわせたい思いが強くなって、世間で評判の高いそばやてんぷらなどの食べ歩きをして研究するようになりましたし、それが今の自分につながっているのだと思います。
―――――――――長年、飲食業界を見てきた服部先生は今の飲食業界の現状について、どのように思われていますか?
【料理に手をかけすぎ。「引き算」が料理の基本。世界一農薬を使う生産側の根深い問題も】
仕事柄、今流行っているラーメン屋等を回って食べる機会が多々あるのですが、食べログで4.8の評価を得ていたり、3か月先予約が取れないような人気店が出すメニューがどれも異常にしょっぱかったり酸っぱいなど、とにかく味が濃く、まともなところがほとんどないことに驚きました。
いわゆる「インスタ映え」するような見栄えや特徴的な味を無理に押し出すことで、料理の手を加えすぎなことがその最大の原因。
料理の基本は、素材の本質を引き出すためにできる限り余計な調味料などは加えない「引き算」がベースにあることを忘れている料理人がいかに多いか、思い知らされました。
それを証明するように昔は「食は三代続く」といわれていたのが、今は「食は一代」になっています。
つまり、親の味を息子がしっかり受け継げない店がとても多いんですね。
その背景には、特に今の若い料理人は私が子どものころから取り組む「いい店を食べ歩く」研究をあまりしないので、味に対する理解が深まっていないことも一因だと思います。
それと最も料理をおいしく食べるために必要なのは、その場で作ったものを温かいうちに、また冷たいうちに食べる「とれたて」「できたて」「あつあつ」「ひんやり」を守ること。
しかし最近では出汁などをあらかじめ作り置きしたり、人数分以上の量を作りすぎるお店が多い傾向があることも大きな問題です。
そしてもう一つ日本の食を取り巻く大きな問題点は、生産する人が減っているということ。
ご存じのように日本の食料自給率(カロリーベース)は60年前、約73%でしたが、今は38%にほぼ半減しています。
それと共に農業人口は60年前、約1320万人いましたが今は160万人と1/9に、漁業人口は360万人から36万人と1/20にそれぞれ激減しています。
これだけ生産人口が減れば自給率も減るわけですが、それでも自給率が38%を維持しているのは「大量の化学肥料」を使って生産効率を高めているから。
日本の生産物は安全だと一般的に思われていますが、実はEUの200倍の残留農薬など、世界一農薬を使う国でもあるんですね。
ですから調理する側だけでなく、生産する側に対しても長年、このままではまずいという危機意識を抱いています。
―――――――――日本の農業がそれほど深刻な状況になっているのですね。 その中で服部先生は「食育」活動に長年注力されていますが、活動の原点にはそうした日本の農業生産や飲食業界が抱える様々な課題を解決したい、 という思いがあるのでしょうか?
【父が調理師法を、私が食育基本法制定に尽力。和食の無形文化遺産登録活動も】
私が食育を目指すきっかけになったのは、小学生時代に住んでいた東京・中野での体験でした。
今はすっかり都会になった中野でしたが、幼少時代の昭和20年代、大きな沼があってそこでよくメダカやザリガニなんかを捕って遊んでいました。
まだその当時は環境に対する社会の意識が低く、当時も大人たちが平気でその沼に使用済みの油を捨てていたんですね。
子供ながらにその行為を見て直感的に「生き物が死んじゃう」と思い、案の定、翌日には大量のメダカが死んでいました。
日本には古来から何事も「水に流して終わり」という考え方が根付いていましたが、こと食に関してはそれで終わるわけではないことを知り、沼での体験以降、自然と食の安全に対してこだわり続けてきたという思いがあります。
また当時不衛生な環境で赤痢が流行していたことから1946年に食品衛生法が制定され、その法律を広く普及させていくために「調理師法」の制定(昭和52年)を父が中心になって尽力していました。
そして私も2005年、食育によって国民が生涯、健全な心身を培い、豊かな人間性を育むことを目的とした「食育基本法」の制定に尽力したり2013年、ユネスコの無形文化遺産に「和食」を登録された際にも、日本古来の伝統文化としての「和食」の存在価値を広く世界に知らしめる活動を続けてきました。
―――――――――最後に、これから調理師や栄養士を目指す学生にメッセージをお願いします。
【誰かに必要とされる人間になってほしい】
自分の夢を実現することは、とても幸せなことです。
そして夢を実現するためには、いつの時代も、一人の努力や才能だけではかないません。
周りの人から必要とされ、信頼される人間になる努力を続けることで、初めて周りの理解や協力を得られ、夢の実現が可能になると思います。
そうなるために私からひとつ、アドバイスするとすれば「誰よりも10分早く職場に行く」ということ。
能力が未熟でも、調理場などに誰よりも早く出て準備したり、練習することによって、上司や先輩は「あいつはいつもいるな」「いつも頑張っているな」と思い、周りが安心するんですね。
そうなるとそこから信頼関係が徐々に生まれ、気が付けば誰からも自然に声をかけてもらえて、いろいろ教えてくれるようになるので、成長も早くなる。
コロナ禍で今大変な状況ですが先ほど私が申し上げた「食×薬」などのように、こんな時だからこそ新しい世界を切り拓くチャンスもあるので、ぜひ大きな夢を持って飛び込んでほしいですね。
また私自身も今後も引き続き、若い人が高い目標に向かって健全に成長し、活躍できるような環境を作っていきます。
具体的には質の高い教育を実現するための講師の育成や、世の中の食に対する誤った知識や行動に対して、遠慮なく声を上げて問題点を指摘し、改善していくつもりです。