Loading...

1994年入社
大阪本社・施工管理(課長)
STORY
入社してしばらくは、右も左もわからないのが普通です。私も最初はそうでした。怒られても、何を怒られているのか? わかりませんでしたね(笑) (なんでこんなことをしているんだろう)と思いながらも場数を踏むうちに、いろんなことが少しずつ繋がり、着工から竣工までの流れがわかるようになると仕事が楽しくなってきます。人にもよりますが、だいたい3、4年でしょうか。後になればその時間はあっという間ですから、そこに行き着く前にやめるのはもったいない!話はいつでも聞きますので、一緒に建築のおもしろさを感じていきましょう。

私が入社したのは平成6年。一年目の一月に阪神淡路大震災があり、新人時代は復旧工事に駆け回ったことが一番の思い出となっています。車は渋滞で動かないので、早朝の電車で毎日通勤。往復4時間、始発に乗り終電で帰る、3、4年はそんな感じでした。 入社してからずっと建築工事を担当してきましたが、近年は型枠の現場も担当しています。大手ゼネコンから発注される規模の大きな案件が多く、現在は数百メートル規模の物流倉庫を担当。地図に残る建物を作る、プロジェクトに参加できるやりがいは格別です。新人時代も含め、経験してきたことはすべて今につながっているなと感じています。

すべての現場に思い出がありますが、初めて一人で担当した建築一式工事のことは今も印象に残っています。億単位の豪邸の居宅工事。オーナーの「こうして欲しい」の一言で、設計から施工までガラリと変わる。特に設計事務所とのやり取りが大変でした。イメージを共有するために京都まで建物を見に行ったり、あがってくる意匠図と格闘しながら施工図を描いたり。図面は何百枚と描き直したと思います。また豪邸ゆえに、内装や調度品も初めて見聞きするようなオーダーばかり。イギリスの山岳地帯にすむ子羊の腹毛だけを使用した絨毯など、驚きの連続でした。大変で苦労も大きかったですが、滅多にできない良い経験をさせてもらいました。

小学生の時、住んでいた家の建て替え工事をしたことからこの業界に興味を持ちました。生まれ育った九州の工業高校を卒業し、名古屋のゼネコンに入社しましたが、室内デザインや意匠設計を学びたいという気持ちが強くなり、退職して専門学校へ。二度目の就職活動でヤマジに入社しました。次は大阪で働いてみたいという気持ちがあったので、初めての地での就職も特に不安はなかったです。大阪にしっかりとした基盤のある会社であること、学校の卒業生が大勢活躍していたことも入社の決め手となりました。ヤマジには社員寮があるので、近畿圏以外の方にも是非来ていただきたいと思います。
